第2話:宿敵との邂逅

 毎日毎晩毎秒。

 繰り返し、飽きることなく人類への憎悪を積み上げ、およそ100年。

 事態は何一つとして変わりはしなかった。

 

 最初のうちは、出し抜いてやるという熱意が勝っていた。機会をうかがうため、表向きは従順に振る舞い、媚を売ってやったりもした。

 

 どうなったかって?

 傲慢にも人間どもは、私を愛玩用のマスコットとして扱い始めたのだ。

 そして活動が長期化すると、最初の物珍しさを忘れ、「飽きた」とのたまい出した。怒りで身を焦がしてまで愛想を振りまいた、私の内心など知りもせずに。


 隷属する日々は、想定以上に精神を摩耗させた。かつての怒りは少しずつ勢いを失い、熾火となった。やがて私は、首輪の苦痛の方を、気に病むようになり始めていた。



「思ってたよりぜんっぜん可愛くなーい。想像の数百倍、いや数千倍、ヒドい見た目だよ。こんなのとしばらく過ごせって?」


 戦闘機の基地を改修し、建設された大型の実験施設。薬品と金属の匂いに満ちた、有象無象がひしめく空間。

 果てしなく陰鬱な空気を裂いて現れたのは、あまりにも場違いな人間だった。


「どーも、かいじゅうギラギラちゃん。わたしの名前はアレクシア。でも、別に覚えなくていいよ。きっと短い付き合いになるだろうから」


 館内中に響き渡るほど高く澄んだ声が、聞き捨てならない言葉を次々に吐き捨てた。

 取り巻きの人間どもの対応からして、貴族階級の娘に違いない。だとしても、恐れ知らずを通り越した態度だ。

 完全に意表を突かれてしまっていた。呆然とする私に気づき、“女”は笑った。

 ヒトの美醜の感覚など、怪獣ギラデルには理解できない。

 そのはずなのに、私は目を奪われていた。種の違いを超越し、こちらの魂を穿つ美しさ。海のように深く青い瞳の奥には、底知れない激情が炯々けいけいと燃え盛っていた。



 それから私の生活は変わったかって?

 もちろん変わったさ。今までよりもさらに悪い方にな。


「はあーい、ギラちゃん。恥ずかしがらずにこっち向いて。グッズ販売に向けた大事なスチール撮影なんだから、気合い入れないと駄目だよ!」


 飼育管理官となったアレクシアは、薄ら笑いを隠しもせずに言った。

 不愉快極まりない奴だ。傲慢という言葉が服を着て歩いていたら、きっとこの女の姿をしているのだろう。


「今回撮り下ろした写真を使った商品はね、大陸中に展開している100クレジットショップで売るんだって。子供から大人まで、誰でもギラちゃんのグッズが買えるんだよ。すごいと思わない?」


 ファンシーグッズ用にイラストも起こしてもらったんだ。ほら見てよ。そう言いながら無理やり突きつけられた薄型の携帯端末には、不格好な獅子に似た生物の意匠が映し出されている。丸みを帯びた線とはっきりしない色彩で象られた“私”らしき生き物は、間の抜けた顔でこちらを見つめていた。


 飼育管理官がすげ替わってからというもの、人類への愛を理解するためのゆるいマスコットキャラクター活動実験――〈ゆるキャラ活動〉はとどまることを知らなかった。

 子供相手のヒーローショーで倒される怪獣役にはじまり、地域のイベント出演、キャラクターグッズ展開、コミックス、絵本、サイン会、果てはワイドショー出演……挙げるとキリがない。

 最初は疲労の上塗りでしかなかった。

 しかし、こうも連日続くと、次第に頭が麻痺してきて――ある日、私は限界を超えた。100年に渡る屈辱の中で熾火となっていた怒りが、再び業火へと転じたのだ。


(こうなったのは貴様のせいだぞ、アレクシア)


 前任の飼育管理官ですらも、檻を挟まずに私と接触するときは、一線を引いていたように思う。見下した態度の裏に潜んでいたのは、いま思えば恐怖だったに違いない。

 この女は違う。私が反抗的な態度を示せば制御装置コントローラーをちらつかせるのはあの男と同じだが、“万が一”のことなど考えていない。襲いかかって来るかも、などという危機意識は欠片も持ち合わせず、どこまでも強引に、執拗に、私を煽り立ててくるのだった。

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