ゆるキャラになって百年が経った

青山鉱石

第1話:屈辱の日々

 この体は、殺意によって創造された。

 宇宙からやってきた獅子と山羊、そして竜。人知を超えた三体の異星生物を合成して誕生した、狂気の研究の産物。過ちから生み出され、人類の傲慢さに裁きを下すために命を得た怪物。

 それが私、奇迷羅キメラ怪獣ギラデルの存在理由、行動原理だったのだ。100年前のあの日までは。


『異星からの生命がこの地に飛来して、120年の月日が流れました。遺骸からもたらされた恩恵は数知れず。彼らという宇宙からの贈り物無くして、我々の現在いまは成立し得ないと言ってよいでしょう』


 金の髪に青い目をした人間の雌が、やたら仰々しく何かの演説を行っている。

 街頭の映像モニタに映し出されるテレビ中継を目の端で捉えながら、私は虚ろに視線をさまよわせた。これから待ち受ける苦痛に満ちた時間を思うと、何もかもが鬱陶しく、視覚から入る情報すらも遮断したい気持ちに駆られる。

 移動をためらった瞬間、首元の拘束具から――私の行動を支配する屈辱的な首輪だ――命を奪わない程度の電流が流れるのを感じた。

 ありったけの憎悪を込めて、制御装置コントローラーを持つ飼育管理官を睨みつける。向こうも慣れたもので、鼻で軽く笑っただけだった。

 完全に舐め腐っている。木っ端の分際で。

 私が本気を出しさえすれば、こんな下等生物など、一瞬で消し炭になると言うのに……!


 飼育管理官に連れて来られたのは、ショッピングモールなどと呼ばれる大型の商業施設だった。

 装飾が施されたステージの上には、人間の雌が一体。ピラピラした布がついたふざけた衣装を纏い、傲然と待ち構えていた。抵抗むなしく、私も壇上に引きずり出される。

 その雌は、ステージ下に並ぶ人間のガキどもを見つめ、極彩色の長い髪を振り乱し(本物の頭髪の上に、何故か偽物を被っている)、何事かを話している。それが終わると、今度はこちらに向き直った。


「悪は絶対に許さない! みんなを〈かいじゅうギラギラ〉から守ってみせるっ」


 そう言うと、右手に持った不気味に光る棒を振り上げてきた。

 おそらく凶器に違いない。とっさに避けようと肉体が反応し、身を捩る。瞬間、眼の前に火花が散った。


「が、がぅ、グルルルる……」


 一瞬で昏倒し、私は倒れた。前脚をついて何とか立ち上がろうとするが、無駄だった。首から大電流が駆け巡り、神経毒が注入された影響で、何をすることもできない。

 飼育管理官の方に視線を向けると、苛立った顔でこちらを見つめ返してくる。


『来る前に散々言っただろ。避けるんじゃなくて当たるんだよ、この能無し』


 そのまま這いつくばっておけ。一方的に言い終えると、通話は途絶えた。

 朦朧とする意識の中で、眼の前の光景をぼんやりと見つめる。滲んだ視界には壇上の雌を称えるガキどもの姿。

 

「ぎらぎら、よわすぎー!」


 意識を失う前に聞こえた声が、いつまでも鳴り響いて、消えなかった。



 畜生、畜生畜生畜生畜生ッ!!!


 このままでは終われない。今に見ていろ人間ども。

 私は必ず、人類を殲滅する。一人残らず焼き尽くし、この星の全てを跡形もなく消し去ってくれる……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る