第25話 過ごしやすく自然なデートを その3

「それより! もっと大学時代のことを訊きたいです! 僕は進学希望なので、勉強のモチベーションを上げるためにも、大学生活の楽しい思い出をぜひ教えてくださいよ!」


「大学生活……?」


 復讐の鬼神と化していた陽香さんだったが、敵対者を討ち滅ぼしかねないオーラを沈めていく。僕は破魔の一族かよ。そんな気分がしてきた。


「大学生活は、心地よいぬるま湯みたいな日々だったわ……」


 うっとり夢見るような表情になる陽香さん。表情の温度差が極端すぎて風邪を引きそうだ。


「一人暮らしとか、自分で決められる時間割とか、ゼミやサークルとか、とにかく自分で何かを自由に選べる環境が増えたのは凄く嬉しかったわ。私には大学みたいな自主性に任せる教育システムが合っていたのね。そして思ったの。やっぱり教室に縛られないのは最高って。どうしてあんな気が合わなくて意地悪な連中と強制的に密室に閉じ込められるシステムなのかしら学校ってのはァ!」


 ドン! と拳をテーブルに打ち付けて、早々に鬼神がご帰還されてしまう。


 まさかここまで地雷多き女だったとは……。綺麗なバラには棘があるってこのことか。


 ていうか陽香さん、教職に憧れて先生になったんじゃないの?

 てっきり学生時代から学校のアイドル扱いされていて、その時持て囃された快感が忘れられないから教職を選んだものとばかり。


 これは黒歴史をもう思い出さないように強制シャットダウンさせるべきか。

 僕は陽香さんが打ち付けて痛い痛いになったであろう拳をそっと手に取り。


「なによ、手なんか握ってきて」


「陽香ぁ、さっきからうるせえよ。黙れ」


「ご、ごめんなさい!」


 Gペンから丸ペンに変わったみたいな少女漫画タッチでなよなよしてみせる陽香さんは、だらしない笑みを浮かべながら僕の手に手を重ねた。


「今はリアルコウヘイくんがいるんだもの! くだらない過去なんかもう知らないわ!」


「僕はコウヘイくんじゃないです。ショータくんです。ていうか、陽香さんの推しのコウヘイくんってこんなオラついてるんですか……?」


「そこがコウヘイくんのいいところなの。乱暴なところがあるから、たまに見せる優しいところがいっそう引き立つのよ」


「そ、それって単なるDV彼氏では……?」


 僕は、気まぐれに買っていたコウヘイ氏のアクスタを見る。

 くりくりした瞳の可愛らしい少年で、とてもそんなバイオレンス要素を隠し持っているようには思えないのだが……。


 念のため、ウィキでどんなキャラクターなのか調べる。


「……ん? ウィキにはそんな乱暴なキャラクターだって説明はないですけど……。『いつでも元気で前向きな努力家。みんなを癒やす清涼剤としてチームメイトに愛されている』って書いてありますけど、どうしてここからバイオレンス要素に繋がるのかわからないんですが」


「そらそうよ。私だけのオリジナル設定だもの」


「二次創作……」


「文芸サークル時代に書いた二次創作小説の設定なの。サークルのみんなとは『スパプリ』の話をいっぱいして夜通し語り合うくらい仲が良かったけれど、どうしてか私が書いたコウヘイくんの小説だけはボロクソ言われたのよね。『あんた、推しをどうしたいの?』なんて言われたこともあったわ」


「僕も同じ質問したいですよ。大好きなキャラクターを、マジでどうしたいんですか?」


「私のことを見ていてほしいわ。蹴ったり殴ったり、汚い言葉を言ってきてもいいから」


「そんなうっとり言わないでくださいよ。自慢の彼氏の良いところを口にしてるみたいな顔してますけど、それもう手頃なサンドバッグで人間扱いされてませんからね。ていうかそんなヤツから愛されたくないでしょ。法の力で始末したくなっちゃいますよ」


「だって! それくらいじゃなきゃこんなイケメンが私のそばにいてくれるリアリティがないじゃない!」


「自己肯定感の低さが突き抜けて日本からブラジルまで行っちゃいそうですね」


 まあ、無理もないのかもしれない。

 話を聞く限りでは、僕より過酷な高校生活だったみたいだし。


「はぁ、もういいです。これ以上陽香さんの黒歴史をディグるほど悪趣味じゃないですから。大学時代が楽しいってことはわかりましたから、それで十分です」


 ともかく、こうして教職に就いているということは、社会人として学校を職場に選ぶ程度には過去に対して踏ん切りがついているのだろうから。


「でも、ちょっとだけ安心しましたよ」


「なにがよ?」


「陽香さんにも、僕と同じように学生時代がちゃんとあったんだなってわかりましたから」


「私をなんだと思ってるのよ。この姿でいきなり生まれたわけじゃないのよ」


「わかってますよ。より親しみが生まれたって言いたいだけです」


「……これくらいで、私のことをわかっただなんて思わないことね」


「そうですか?」


「私には、あなたに話していないことがいっぱいあるのだもの」


 その時の陽香さんはどこか得意そうだった。

 今すぐ陽香さんからまだ話してもらっていない色んなことを知りたい気分になったけれど、これから先も付き合いが続けば、その機会はおのずとやってきてくれるはず。


 今は、悪鬼羅刹モードではなくなって、推しのグッズを眺めて満足そうな陽香さんが目の前にいてくれるというだけで十分じゃないか。

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