第24話 過ごしやすく自然なデートを その2

 その後、本来の目的ともいえる『スパプリ』のコラボカフェにやってきた。

 駅前のカフェとのタイアップで行われている企画だ。


 僕は席に着き、陽香さんと向かい合っていた。


 こういう時じゃなかったら絶対に注文しないであろうケーキやパフェなど甘々なコラボスイーツを味わいながら、陽香さんが戦利品を広げる姿を見ていた。


「大人買い、しましたねえ」


「してしまったわ。……ふふ、こんなに大胆に大人買いしたのは、社会人になってから初めてよ」


「じゃあ学生の時はしてたんですか?」


「大学生の頃が一番お金遣いが荒かったわね。バイト代をほとんどつぎ込んでいたわ」


「ドハマリしていたんですね。僕は無趣味なんで、バイト代をもらっても貯めるだけですから。有意義なお金の使い方ができないんですよ」


「あなた、バイトをしていたの?」


「言いませんでした?」


「聞いてないわ。どうして教えてくれなかったの」


「陽香さん、僕のバイト事情気になるんですか?」


「教師として、生徒のことを把握しておいた方がいいと思っただけよ。個人的には興味ないわ」


「今は教師として振る舞うのをやめたのでは?」


「……正直、ちょっと気になるわ。最近は河井くんといることが多いのだもの。それなのに、あなたの放課後の時間の使い方を知らなかったのはちょっと悔しいわ」


 頬をふくらませる陽香さん。その勢いで、目の前のトロピカルな色合いのジュースを、ストローでゴゴゴ……と勢いよく吸い込んでいく。


「まあ、そうは言っても最近始めたので、陽香さんが知らなくても当然ですよ。めぐり合わせが良かったんですよね。駅前に良さげな書店があって、ちょうど求人を募集していたので詳しく聞いてみたら採用してくれました」


「へえ、書店。感心ね」


 心なしか、嬉しそうに見えた。

 陽香さんは国語教師だし、毎回配ってくれるプリントを見る限り読書家に違いないから、本に関係した場所で働いてくれるのは嬉しいのだろう。


「私、河井くんを侮っていたわ」


「勉強中心の生活ですけど、労働を通して社会と関わろうという気概は僕にもあるんですよ」


「その前に、クラスメイトと関わる方が先じゃないかしら?」


「言ってはならないことを……」


「でも、私とこうして休日を過ごすのは、河井くんを友達作りから遠ざけていることになるのかも……」


 考え込んでしまう陽香さん。


「そんなこと言わないでくださいよ。僕は陽香さんと過ごすことに満足してるんです。それに、僕には陽香さんの息抜き友達という重大な使命がありますから。陽香さんのために全力を尽くしますよ、抜きフレとして!」


「その抜きフレはやめなさいと言ってるでしょ」


 困った顔で、目の前のパンケーキをぱくりと頬張る陽香さん。


「まあ、あなたのおかげでだいぶ助けられているところはあるけどね。今日もそうだし」


「これからもどんどん頼ってくださいよ」


「なんか、そういうところ」


 陽香さんは、目の前に広がったグッズの山から、買ったばかりのアクスタを指し示した。


「可愛い顔してるくせにそういう頼もしいところ、コウヘイくんっぽいわ」


 陽香さんとしては、何気なく口にしただけなのだろう。

 はっ、と気づいた顔になって、申し訳無さそうに眉尻を下げた。


「気を悪くしないで。つい二次元キャラを重ねるオタクの悪いクセが出てしまったわ……」


「いえ、いいんですよ」


 実を言えば、ちょっと誇らしい気分だ。

 陽香さんが心血注ぐ推しキャラと同一視してもらえるのだから。


「陽香さんは、大学生の頃が一番推し活が活発だったって言ってましたけど、どんな学生生活だったんですか?」


「ドラマみたいなキラキラした大学生活じゃなかったわよ?」


「やだな。そこまで期待してませんよ」


 異性との交際経験がないと言っていた時点で、だいたい察するものはある。


「あら、どういう意味かしら?」


「僕の女性版大学生活だったのかなってイメージでしたから」


「そんな灰色じゃないわよ。サークルにだって入っていたし」


「どんな?」


「文芸よ」


「国語教師になった今に活きてますね」


「といっても、文芸サークルとは名ばかりでね。オタクの巣窟だったの。サブカル揃いの梁山泊だったのよ」


「楽しそうじゃないですか」


「まあ楽しかったわ。高校時代だったら引かれそうなことを平気で話し合える環境だったから。私、昔は好きなことになると早口になるクセがあったの。普段は物静かなのにね。そういうギャップから不気味がられたことがあったわ。通っていた高校は一応名門と呼ばれていたのだけど、中高一貫校の保守的な空気感があったの。高校から入学した外部生だった私は余所者扱いされていて、いまいちみんなと馴染めなくてね」


「陽香さんのことをまるで理解してませんね。僕がその場にいたら絶対注意してますよ」


「女子の中高一貫校よ?」


「ああ、女子ですか……それはちょっと」


 女子コミュニティに突き進んでいける度胸は僕にはない。


「異性と聞いて露骨に怖気づくのね。私にたいしては妙にグイグイくるのに。そうよね。10歳近く上の女なんて、姉どころか母親に近いものね」


「もっと私を女として見て! と言いたいんですか?」


「違うわ。バカね」


 陽香さんは、不満そうな顔をしつつも、恥ずかしそうにジュースのストローを無意味にぐるぐるかき回す。


「でも、どうしてかしら。あなたから女子としてカウントされないようなことを言われた時、変な寂しさがあったわ……いくら生徒が相手とはいえ、おばさん扱いはキツいものがあるのかも」


「おばさんだなんて思ってませんよ。綺麗で素敵なお姉さんです」


「たまにあなたが同い年だったら、と思うことがあるわ」


 ちょうどその時、けたたましくサイレンを鳴らす救急車がカフェの近くを通りかかった。


「えっ、何か言いました?」


「なんでも」


 ともかく、陽香さんなりに複雑な乙女心があるらしい。


「それで、高校生の頃の話だけど。今考えると、もう少し周りに合わせるべきだったと思っているの。あの頃の私は、ちょっと友達になるには躊躇う見た目をしていたから」


「陽香さんがですか? 信じられない」


「スマホに写真あるんだけど、見る?」


「見たいです!」


「笑わない?」


「もし笑ってしまったら、代わりに僕の恥ずかしい写真も公開しますよ」


「それは、いっそ笑ってくれた方がいいということかしら?」


「陽香さんが、赤ちゃん時代の全裸な僕の写真を見たいというのなら」


「それなら見たくないわ。ほら、これよ」


 スマホをこちらに向けてくれる陽香さん。

 そこには、セーラー服姿の陽香さんが映っている。


 今より顔は幼くて、無垢というよりは野暮ったい。そんな印象を持つのも、おしゃれには程遠いデザインの眼鏡をかけていて、二つ結びというにはクラシカルなお下げ髪のせいだろう。


 あと表情があまり良くないかもしれないな。パーツはこの時点ですごく整っているんだけど。でも輝くダイヤの原石感はすごく感じた。


「いやぁ、僕は好感持ちますけどねえ」


「大人しくて自分の言いなりにできそうだからでしょ。これだから男は」


「図星ですけど。図星ですけど! でも、こんな前の写真をまだ残してるってことは、この時の自分のことも案外気に入ってるんじゃないですか」


「臥薪嘗胆よ」


「えっ?」


「クソみっともない時の私を、いつでも思い出せるようにずっと残しているの」


 メラッ、と暗い炎が陽香さんの背後で揺れたような気がした。

 陽香さんは、過去の自分が映ったスマホを自らの顔の横へ掲げて比較しやすいようにする。


「ほーら、それに比べて今はすっごく美人……! あの頃散々私をブス扱いしたあいつやそいつがどれだけ努力しても付き合えそうにない男を振り向かせられるくらいの容姿になれたわ。あなたもそう思うでしょ?」


 妙な迫力がこもった引きつった笑みを浮かべながら、僕に同意を求める姿はまさに般若。


 いやぁ、確かに別人かって思えるくらい美人になってますけどね。おまけに身長もあるから全身がもう美人だ。でも情念こもりすぎてて怖いんだよな……。


「同窓会で再会しようものなら、この写真と今の私を見比べさせて、あいつらに土下座させてやるんだから……!」


「はは……まあ、想いの残し方は人それぞれですからね……」


 どうやら美人の陽香さんも、学生時代は本当に辛かったらしい。

 高校時代のことは、思い出させない方が良さそうだ。


 でも、超絶美人になっても彼氏がいないのでは同窓会で見返すこともできないんじゃ……ということは触れない方がいいだろう。

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