第36話 美人教師と明かす一夜 その2
カーテンから漏れ入っているらしい朝日で僕は目覚めた。
僕は朝があまり強くないタイプなのだけれど、今日はやたらと気力がみなぎっている感じがある。
よほど熟睡できたのかな。
スマホで時刻を確認するべく、横着にも目を閉じたまま枕元へ手を伸ばす。
だが、僕の腕は、十分に伸びきる前に何かに引っかかった。
なんだろう、これ。逆さにした袋に腕を突っ込んでしまったような感じ。
仕方なく、腕を一旦下げてまた上げると、今度はスムーズに腕が伸びてくれたのだが。
むにゅっ。
スマホとは明らかに違う、これまで味わったことのない未知の柔らかく、そして温かな感触を持つ何かによって邪魔されてしまった。
「……なんだ、これ……?」
僕の腕を邪魔した何かの正体を探るべく、感じるままに指を動かす。
むにゅにゅっ。ぐにっ。
なんて柔らかいのだろう。
以前触れた陽香さんの腰肉を彷彿とさせる甘美なる感触だ。
こんな感触を知ったら、もうこの前までの僕に戻れないよぉ。
なんてふざけていると。
「んっ、んんっ……」
悩まし気な声が甘い吐息となって僕の鼓膜を震わせた。
待て。
この声、ちょっと前にどこかで聞いたことがある。
そうだ、パンをこねたあの日……!
「ええっ!?」
パチリと目を開けた僕は、それはもう驚いた。
僕の前の前には、超至近距離で、目を閉じたまま頬を真っ赤にして、とろけたような顔をした陽香さんがいて。
僕の手は、陽香さんのスウェットシャツの中に入り込んでいたのだから。
「わわっ!」
僕は思わず大声を上げて飛び上がり、陽香さんのおっぱいに触れていた手を天に突き上げたまま、ベッドの上に立ってしまう。
「は、陽香さん、どうしてノーブラ……?」
一瞬、陽香さんを痴女と疑ってしまうのだが、そういえば昨日はルームウェアや下着を部屋に取りに戻る余裕もないくらい怖がっていたのだから、着替えなんてあるわけがない。そのままスウェットに着替えていたのだろう。
「ということは、今はノーブラなだけではなくノーパンな可能性も……」
そんな状態で僕のベッドに潜り込んできたなんて、陽香さんはいったい何をするつもりだったのだろう……?
「いや、さすがの陽香さんだってそんなご乱心をするはずがないよな」
「……ん……?」
すると僕の大きな声に驚いたのか、何故か僕のベッドにいる陽香さんが、もそもそと体を起こして眠そうに目をこする。
「……今、何時ぃ?」
どうやら陽香さんの意識はまだ覚醒していない様子で、どこにいるのかもわかっていないようだった。
自分のスマホを探しているのか、ベッドの至るところに手のひらをバンバン振り下ろしている。寝起きはあまり良くないらしい。
自分の部屋にいると勘違いしているみたいだ。
「陽香さん、ここは僕の部屋です。昨日のこと覚えてないんですか?」
僕は、恐る恐る陽香さんに声をかける。手のひらにはまだぬくもりと感触が残っていて、話しかけるのもなんだか後ろめたい。
「……誰ぇ?」
「すみません、僕です」
「……コウヘイくん?」
「いいえ、河井翔太です」
「えっ、河井くん!? なんで!?」
案の定混乱する陽香さんを落ち着かせ、泊まることになった経緯を伝える。
「そう……。そういえば、そうだったわね。でも……」
陽香さんは、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す。
「どうして私は、あなたのベッドで寝ていたのかしら……?」
「僕の方が訊きたいですよ」
すると陽香さんは、湯気でも吹き出るんじゃないかってくらい赤い顔をして、ボディチェックするみたいに全身に手のひらを当て、しばし逡巡した末に、僕に背中を向けて肩をすぼませた。
「変な違和感は……ないわね」
いったいどこを確認したのか見当もつかないけれど、陽香さんは安堵のため息をつく。
「でも、なんだか胸のあたりが苦しいような、寂しいような感じがするわ……ここにあったはずのものが失われてしまったような……」
「安心してください陽香さん、何も起きてませんから! それより、どうして僕のベッドにいるんです? そこの即席ベッドで寝ていたはずですよね?」
「たぶん……一度トイレに起きた時、寝ぼけてあなたのベッドに潜り込んでしまったのかも。自分の部屋だと勘違いして」
「そうだったんですね、まあ、それならありそうなことですよ」
「……悪かったわね。寝苦しかったでしょう? あーあ、またあなたの前でみっともない失敗をしてしまったわ……」
「い、いえ。そういう時もありますって。それと、あの」
「どうしたの? ずいぶん恐縮するじゃない。これは私がだらしないだけなのだから、あなたはそこまでかしこまることないのに」
「陽香さん、何も言わず僕の頬を張り飛ばしてください……!」
「一夜であなたの性癖になにがあったの!?」
「お願いします! 思いきっきり、食らわしてほしいんです!」
「悪いことをしたのはあなたじゃなくて私なのにそんな」
「そう言わずに!」
「わ、わかったわ……なんか本当に気持ち悪いわねえ……」
戸惑う陽香さんは、えいっ、とばかりに僕の頬に手を添えるレベルの弱々しいビンタをした。
「もっと強くお願いします!」
「もう! なんなのよ、あなたは!」
「じゃあ、許してくれますか……?」
「許すも許さないも……って、もうこんな時間なの!? 遅刻じゃない!」
陽香さんは、僕の勉強机の上にあるデジタル時計を目にしたようだ。
「ああ、そういえば教師は生徒より学校へ行く時間早いですもんね。焦って事故らないように気をつけてくださいよ……って、この時間じゃ僕も遅刻!? あれ、なんでアラーム作動しなかったんだ!?」
不思議に思ってスマホを確認すると、そもそもアラームを設定していなかったことに気づく。
そうか、いつもは寝る前にアラームの設定をするのだけれど、昨日は陽香さんと一緒に過ごしたゴタゴタでルーチンが崩れて設定しないまま寝ちゃったんだ……。
「これじゃシャワーを浴びてるヒマもないわ!」
焦るあまり、陽香さんはその場でスウェットを脱ごうとしてしまう。
「ま、待ってください! 一旦落ち着いて!」
スウェットの裾を下へ引っ張り、おへそどころか、乳首に至るギリギリまでおっぱいが見えていた陽香さんを食い止める。やっぱりノーブラだった……! よく見るとスウェットパンツの腰のあたりは鼠径部が見えそうなくらい下がっていて、下着を履いている様子がない。
「陽香さんの部屋へ戻りましょう! もう外は明るいですし、大丈夫ですよね?」
「そ、そうね! こんないい天気ならモンスター殺人鬼が出てくる心配はないわ! じゃあ、河井くんも早く登校の準備しなさい!」
「はい!」
陽香さんは、猛ダッシュで玄関を出る。
焦るあまり裸足だ。いや、昨日の陽香さんはうちに来る時も裸足で駆け込んできたんだっけな。
「って、僕も急いで準備しないと!」
朝に浴びる予定だったシャワーはナシだ。歯を磨くついでに顔と頭を軽く洗うだけで済ますしかない。
朝食を抜き……にすると、陽香さんの国語と最悪なタイミングで時間割に組み込まれている体育の授業で倒れてしまいそうだから、備えとして購入していたバランス栄養食を持って休み時間中に食べることにしよう。
寝起き直後はいい気分でまったりしていたのに、まさかこんな慌ただしい目に遭うなんて!
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