第33話 陽香さんと浴室で二人きり その1
陽香さんが、うちにお泊りをする。
僕の童貞が暴発して正気じゃいられなくなりそうな状況だけれど、よく考えればこれまで陽香さんと二人で過ごしたことは何度もあるのだ。
普段通り過ごせば、何の問題もない。
一緒にいる時間が、いつもよりちょっと多くなるだけ。
それって、むしろ嬉しいことじゃないか。
「体が冷えてしまったわ。シャワー借りていいかしら?」
「ああ、どうぞどうぞ」
シャワーなら以前も陽香さんに貸している。
僕に動揺はない。
「着替えはどうします? 一応、陽香さんが来た時用のルームウェアを買ってあるんですけど」
「その備えの良さがかえって気持ち悪いわねえ……」
こいつ怖っ、って顔で毒づく陽香さんだけれど、未だ僕の腕から離れられる状態ではないみたいだった。
「まあ、キモいかもしれないですけど。でもほら、陽香さんは、デートの時のクニクロ代をこの前払ってくれたじゃないですか? そのお金で買ったものなので、陽香さんの私物みたいなものですよ。好きに使ってください」
「まるで私がお泊りのためにあなたに買わせたみたいじゃないの」
「僕もそう思って、そこのタンスにしまってあるルームウェアを目にするたびに感慨にふけっちゃいました」
「モンスター殺人鬼よりあなたに恐怖するべきなのかもしれないわ」
「僕は危害は加えませんよ」
「わかってるわよ。これでも、あなたにはお世話になってしまっているから。今もね」
「まあ、陽香さんのお役に立てているようなら、僕は満足ですよ。じゃあルームウェアはそのタンスの一番下の段にしまってあるので、好きに使ってください。陽香さんが浴室にいる間は勉強でもしてます」
「あなた、まさか私を一人にするつもり?」
「シャワーはどう頑張っても一人じゃないと無理では……?」
「だ、だって! シャンプーしている時なんて一番怖さマシマシな状況じゃない! 目を閉じている間に背後からモンスター殺人鬼が迫ってたらどうするつもりよ?」
「迫ってきたとしたら正体はこの場にいるモンスター童貞で、僕は紳士ですからそんな変質者みたいなことはしません!」
「でも学生時代に観た昔のホラー映画では、シャワー浴びてたらナイフで刺されて殺されて、流れる血が排水溝に吸い込まれていくなんていうシーンもあったわ! お風呂は一番身の危険を感じるスポットなの!」
「じゃあもう今日は入浴やめておけばいいじゃないですか」
「お風呂に入らず授業に出られるわけがないでしょう?」
そうだ。陽香さんは生徒の前では完璧な教師でいたいタイプだった。
「そこまで言うなら、もうシャワーカーテンの向こうで待機しちゃいますからね? トイレに腰掛けて考える人ポーズでじっと待ち伏せしちゃいますよ」
どうにでもなれ、というヤケクソな気分だった。
「名案かも」
それいい、という顔で、陽香さんがこちらに人差し指を向けてくる。
「それなら、誰も近寄れないわ」
「その『誰』の中に僕は入らないんですか?」
「……この際だから言うけど」
陽香さんは、思い切り顔を背けながら、それでいて僕の手を両手で握る。
「あなたにはもう恥ずかしいところをいっぱい見られているのだから、この際裸を見られたところで同じじゃないかと思うの……」
「同じじゃないですよ! それもある意味信頼と捉えさせていただきますけど!」
「ここのところ暖かいから、私はお風呂上がりのクールダウンの時間を全裸で過ごすことがあるのだけれど、その時推しのコウヘイくんグッズからずっと見つめられているわ。それならコウヘイくん似のあなたから見られたところで、同じじゃない?」
「なんですか、陽香さんは僕に見られたいんですか?」
「見られたいわけないでしょう。そこまで言ってないわ。気持ち悪いわねえ……」
口ぶりだけは女帝モードな陽香さんだけれど、どういうけかそわそわしていて、羽織っているパーカーを脱いだり着たり謎の動きを始める。
これはもう、埒が明かない。
このまま放っておくと、本当にこの場で全裸になりかねないし。
「ほらほら、もうシャワーに入っちゃいましょう! 体を温めれば怖いことだって忘れられますよ」
僕は陽香さんの背中を押して、浴室へと向かうのだった。
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