第22話 推し活同伴 その3
そんなわけで、市内で一番大きなデパートで開催されていた『スパプリ』のポップアップストアを訪れた。
「へー、『スパプリ』ほどの人気作となると、うちみたいな田舎町でもこんな大々的にグッズ展開してくれるんですね!」
僕ですら夢中になってしまうほど、『スパプリ』の各種グッズは出来が良くて、かさ張らなさそうなアクスタやアクキーをいくつか買ってしまったくらいだ。まあこれは陽香さんの気を引きたかったからという邪な理由もある。
「陽香さん、ついつい買っちゃいましたよ!」
『スパプリ』のロゴが入った特製のビニール袋を掲げて、陽香さんのもとへ寄っていく。
陽香さんは、手のひらサイズのキャラクターマスコットでいっぱいの棚の前で難しい顔をしながらぶつぶつ言っていた。
「こんなのもの、くだらない、くだらない、くだらない……」
思わずクソでかため息が出てしまう。
陽香さんに嫌気がさした……わけでは、もちろんない。
「ど、どうせこんなもの集めたって捨てるんだわ。買った時だけ楽しいけど、結局は置所に困って悩むハメになるんだもの!」
当然、人気作だけあって周囲にお客はいっぱいいるわけで、なんだかヤバい陽香さんを警戒している雰囲気があった。
「陽香さん、もうやめましょう」
僕は、陽香さんの腕を掴む。
「せっかく推しがいる空間にいるんです。陽香さん、ずっとここに来たかったんですよね? なのにどうして楽しまないんですか」
「そもそも教師がこんなお遊びでいっぱいのところに来るべきではなかったのよ……教師の休日は、もっと退屈でアカデミックな趣味に没頭して過ごすべきだったの」
どうやら、陽香さんの作戦は失敗だったみたいだ。
そうだよな、少し考えればわかることだ。
陽香さんは、熱心で真面目で誠実な人だけど、それゆえ融通が利かないのだ。
学校関係者に見つかった時のことを警戒して、学校での姿をそのまま学校外に持ち出すようなことをしてしまったことで、素直に推しを愛する普段のプライベートな陽香さんではいられなくなってしまっているのだろう。
もう見ていられない。
僕がなんとかしなきゃ。
「陽香さん、ちょっと待っててくださいね」
女帝な自分と本来のオタクな自分自身との間で反復横跳びをしている陽香さんを置いて、デパートの下のフロアへ向かった。
15分ほどで用事を済ませると、陽香さんはポップアップストアが開かれているすぐ近くのベンチでうつむいて座っていた。
なんだかしょんぼりして見える。
「陽香さん、お待たせしました」
「あなた、どうしたの。私を置いて。私が嫌になったの? ふん、私は別に、生徒に好かれようと思って教師をやっているわけじゃないから」
「勝手に落ち込んで勝手にすねないでくださいよ。こっちへ来てください」
「あっ、ちょっと!」
僕は陽香さんの腕を掴んで強引に立たせる。
今の陽香さんは、これくらいしないと動いてくれなさそうだから。
力は僕の方が強いらしく、そのまま多目的トイレへ連れ込む。
そして、出入り口の扉を背にするかたちで施錠をした。
「こ、こんなところへ連れ込んでどうするつもり?」
流石に陽香さんも、意図がわからない行動に恐怖を感じたのか、女帝の顔を忘れてそわそわし始める。
もちろん僕は、危害を加えるつもりはない。
多目的トイレはトイレしかないわけではなく、同行者が待つために使うのか、ちょっとしたソファがあって、結構広い。
さて、本当に使いたい人が迷惑しないうちに、早いところ用事を済ませないと。
「陽香さん、そのスーツ脱いでください」
「ええっ!?」
驚く陽香さんは、自分で自分を守るように腕を胸の前に回す。
「こ、こんなところで裸になれだなんて、どうするつもり?」
「裸になれとまでは言ってません!」
勘違いされないうちに、僕は手にしていた紙袋を陽香さんに押し付ける。
「これに着替えてほしいんです! 下の階のクニクロで買ってきました。あいにく僕のセンスですし、ジャストなサイズじゃないかもしれませんけど、とにかく着替えてください。今の陽香さんに、スーツは危険です。呪いの装備ですよ」
「で、でも……! 今日の私は教師として、ここにいるのよ? スーツじゃなければ教師じゃないわ!」
そう、スーツが陽香さんにとっての戦闘服的な意味合いが強いのが問題なのだ。
「陽香さん、選択肢は二つですよ?」
僕はこれみよがしに出入り口で通せんぼをする。
「ここで着替えるか、誰も見ていないこの密室で、僕にとんでもなくえっちなことをされてしまうか、です」
ここまで言われたら、着替えるに決まっている。
あとは安心して陽香さんが着替えられるように、背中を向けようとするのだが。
「…………」
陽香さんは、紙袋を抱えたまま、うんうん、うなり込んでいる。
「えっ、悩む余地あります?」
「な、何言ってるの! 別に後者の内容が気になってたとかそういうのじゃないわ!」
なんだかとっても手強い事態に遭遇している気がする。
くそー、陽香さんを侮っていた。
ちなみにデパート内の多目的トイレってやつは、安全上・防犯上のためか、あまり長居し過ぎると警備員が飛んできて強制的に解錠させられてしまうらしい。
下半身を露出する目的で作られたこの場所に、異性同士でいたら絶対にマズいことになる。
僕は焦っていた。
「いいから」
焦るあまり、僕らしからぬ力技に出ることになる。
陽香さんと距離を詰め、いわゆる壁ドンをするかたちになってしまう。
「早く着替えろよ」
僕ってば生まれてこの方ずっと人畜無害を地で行く人生を送っていたから、こんなオラついたこと言うの、初めてだよ。
「時間ないから、早く脱げ。もうこれ以上ごちゃごちゃ言うなよ」
「う、うん……そうする」
びっくりするほど素直に、こくり、と陽香さんが頷く。
顔が赤い。心なしか頬も緩んでいるような。
でも、きっと僕だって、陽香さん以上に顔が赤いに違いない。
間近で見る美人に、慣れない言葉遣いのせいで、体中がかっかと熱くなっているのだから。
陽香さんの言葉を信じた僕は、絶対覗き見をするつもりはありません、という意思を全身で表明するために、反対側の壁まで向かい、かくれんぼの時に数を数える鬼みたいなポーズをした。
それからいったい何分経っただろう。
まだ警備員のみなさんがやってきていないから、そう時間は掛かっていなかったはずだ。
「河井くん、もういいわよ」
照れが含まれたような陽香さんの声がして、振り返ると、僕の選んだ服に着替えた彼女がいた。
白Tシャツをインしたベージュのワイドパンツ。上着はパンツと同色のスタンドカラーシャツだ。ゆったり目なシルエットが、身長がある陽香さんの体型に合っていた。
驚いた。
陽香さんにかかれば、僕が適当に選んだ服でもしっかりサマになるのだ。
チラシに載ってるコーディネートを真似してもモデルさんのスタイルが良すぎるせいでちっとも参考にならないと評判のファストファッション店の服でも、陽香さんはまったく問題なく着こなしている。
「サイズ、大丈夫ですか?」
「ええ。だいたいは」
「センスなくてすみません」
「そんなことないわ。私が自分で選んでも、同じような格好になるだろうから」
「あと、オラついてすみませんでした!」
「それは……」
陽香さんは、ぷいっと顔をそむける。また頬が赤い。
「……別に、普段からあれくらいでぜんぜんいいのだけれど」
「無理ですよ、僕が無理です! オラついたことなんて、小心者の僕にはできませんよ」
「なんだ」
つまらなさそうにする陽香さん。
うーん、結局女帝としてクラスを震え上がらせている陽香さんも、強引な男の方が好きってこと? 複雑だなぁ。結局女の人ってみんなそう! 知らんけど。
「そ、それより早く出ましょう! 用もないのに長居していたら、迷惑になっちゃいますから!」
「そうね。あ、ちょっと待って」
トイレ内には、手洗い場も当然あって、陽香さんは鏡を覗き込む。
「もう私服になってしまったのだし、この際学校にいる時と別の髪型にした方がバレにくくなるはずだわ」
陽香さんは、鏡とにらめっこをしながら長い後ろ髪を持ち上げ、くるくると器用に結んでいく。
「これなら、私だとわかりにくくなるかしら? 一応、学校ではこの髪型にしたことはないのだけれど」
ゴム無しで髪を結んだ陽香さんは、後頭部でお団子をつくるような髪型になっていた。普段は見えることのないうなじがバッチリ見えている。即席で仕上げたせいで首筋あたりの髪が少しほつれているところに艶めかしさを感じてしまった。
「いい! すごくいいですよ、陽香さん!」
普段見かけない髪型をした女性を前にした時妙にドキドキしちゃう現象の正体って一体何なのだろう。大学へ進学したら卒論のテーマはこれで決まりだな。
「そう、ありがとう」
「いつもと違う陽香さんを見てて、感無量ですよ!」
「褒めすぎよ」
「今度から、たまにはそういう髪にしてくれませんか?」
「どうしてあなたのリクエストに応えないといけないの? やるわけないでしょうが」
「やれよ」
「部屋にいる時だけしてあげる」
うつむいてもじもじしてしまう陽香さん。
マズい。僕は悪い遊びを覚えてしまったんじゃないだろうか。
さようなら、イノセントな頃の僕。
買った服の代わりに陽香さんのスーツが入った紙袋を持って多目的トイレを出る。
幸い、ちょうど周囲に買い物客はおらず、無事に出ることができたのだった。
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