第21話 推し活同伴 その2
約束の休日を待つ間、僕は浮かれっぱなしだった。
今まで、陽香さんが気を遣わなくて済むように頑張ってきた僕だけど、向こうから趣味のお誘いをしてきたということは、ついにそれだけの信頼を得たということなのだから。
とはいえ、いくつか陽香さんから注意事項を言い渡されていた。
僕らは単なる隣人ではなく、教師と生徒なのだ。
教師と生徒がバカ正直に休日を一緒に過ごして、万が一学校関係者に見られたら面倒なことになる。
陽香さんはそこを危惧していた。
そんなわけで、お出かけ当日。
この日は少し変わったかたちで出かけることになった。
まず、二人一緒に出発しないようにした。
出発する時間をずらして、現地で待ち合わせをするかたちだ。
次に、これはデートではない、ということを念押しされた。
陽香さんの推し活に付き合うとはいえ、あくまで課外学習なのだ、と。
僕としては、別に陽香さんとお出かけできれば形式はどうだっていいので、喜んで受け入れた。
だから、待ち合わせの駅前広場に到着した僕の格好は、制服だった。
陽香さんは、授業中と同じスーツでやってくることになっている。
陽香さんはともかく、制服の僕の場合、周囲に在籍校を宣伝して回っているようなもので、私服よりも学校関係者に見つかりやすいじゃないか、と思うかもしれない。僕も思った。
けれど、こそこそしていた方が逆に怪しい、というのが陽香さんの判断だ。
万が一学校関係者に見つかって問い詰められた時、「偶然居合わせただけです。教師と生徒が私的に休日デート? お互い教師と生徒の格好をしてデートをするアホがどこにいますか?」という論法で逃れようというつもりらしい。
「おまたせ」
そんなわけで、僕より20分ほど遅れて待ち合わせ場所にやってきた陽香さんは、教室でよく見かける黒いスーツ姿だ。
欲を言えば、お出かけ用の私服な陽香さんを見たかったけれど。
「電車を一本乗りそびれてね。予定より遅れてしまったわ」
「そうだったんですか? 全然気になりませんでしたよ。じゃあ行きましょうか!」
つい声が弾んでしまう僕。
ともかく陽香さんの方から提案してくれたお出かけ。
目一杯楽しんでしまおう。
そんな僕と違って、陽香さんは、すんっ、とした澄まし顔だった。
「陽香さん」
「どうしたのかしら?」
「もしかして機嫌悪いですか?」
「別に」
「でも、なんか冷たいような気が」
学校の外なのに、陽香さんは馴れ合うことを許さない女帝モードな態度のままなので、僕は混乱していた。
「そうかしら? 町中で、どこに誰がいるのかわからないのだから、これくらい警戒しておくべきだと思うけれど?」
「陽香さん、『堂々としていた方がかえって怪しまれない』って言い出したのに、お互い学校と同じ格好だから心細くなっちゃってますか?」
「なっ、そ、そんなことないわ!」
あるんだな、という反応をする陽香さん。
別に僕は、陽香さんを責めたいわけじゃない。
当然ながら教師と生徒とでは立場が違うわけで、学校関係者に見つかった時のダメージは教師である陽香さんの方がずっと大きい。警戒しすぎてしまうのも無理ないことだと思う。
「一度戻って、私服に着替えてから出直した方がいいんじゃないですか? このままじゃ陽香さんの気が休まらないでしょうし」
「……だ、大丈夫よ。ちょっと心配になってしまっただけ。あなたを誘ったのは私だもの。みっともなく撤退するわけにはいかないわ」
変なところで負けず嫌いな陽香さんである。
「さあ、行くわよ。『スパプリ』をモチーフにしたスイーツを出してくれる、コラボカフェが一番の目的。そこにはもちろん推しのコウヘイくんモチーフのスイーツだってあるわ」
推し作品のコラボカフェ。
そんな楽しげな場所へ連れて行ってくれるのに、女帝モードのままでは勿体ないと思うのだが。
「その前にポップアップストアにも付き合ってもらうわ。ついて来なさい。……ただし、私と一緒に行動していると思われないように、少し後ろを歩いてきて」
「しかたないですね、わかりました」
僕としては、陽香さんから推し活に誘われただけで十分満足できる休日だ。
でも、陽香さんが休日を楽しめるのかどうか……俺としてはそこが不安だった。
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