第16話 美人教師、シャワーを借りに来る その2
陽香さんが、僕の部屋のシャワーを使っている。
その間、別に黙って待っている必要もないので、僕は勉強をしていた。
もちろん、集中できるはずがない。
目の前の問題集より、背後の浴室の様子が気になって仕方がない。
狭いワンルームだ。シャワーが流れる音……というより、シャワーの水流が陽香さんの柔肌を跳ねて弾ける音が響くせいで、陽香さんのことを意識してしまう。
勉強を放棄した僕は、スマホからYouTubeのアプリを開き、雨音を集めたASMR音源を流すことでシャワー音をノイズキャンセリングすることにした。
大自然の音に身を委ねる。これで一安心だ。
そうしてしばらく勉強に集中していたのだが。
「トイレに行きたくなってきちゃった」
黙っていけよ、男子のトイレシーンを想像させるなって話だが、うちのアパートの構造上、困ったことがある。
ユニットバスだから、トイレに行くには必然的に浴室に足を踏み入れないといけないのだ。
「陽香さん、まだシャワー浴びてるのか?」
出てくる気配がない陽香さん。
長風呂なのは仕方がない。女性は男子と違って何かと時間が掛かるんだろうし……と思ったのだが、それにしては遅いような気がする。
「まさか、のぼせてたりして」
意外と抜けたところのある陽香さんのことだ。
慣れない他人の家の浴室というアウェイ感のせいで体調不良になるというトンデモミラクルだってありえるかもしれない。
陽香さんの体調が気になるし、僕の膀胱がリミットブレイクする前に行動に出ることにした。これはやむをえまい。
「……あの、陽香さん、なにか困ったこととかありませんか?」
浴室の扉越しに、僕は訊ねる。
シャワーの音は止んでいた。
シャンプーなのかボディソープなのか、いい匂いが漂ってくる。
浴室にある僕の私物を使っているはずなのに、僕の時とは違う甘い匂いがするのはどうしてだろう。きっと陽香さんの体臭と結合することによって生まれるケミストリーがあるんだろうな。僕に科学知識があればその手のフレグランスを開発して大儲けするのに。
「すみません陽香さん、ちょっとトイレに行きたくなってしまいまして。そろそろ出てきてくれるとありがたいんですけど」
「……ごめんなさい、河井くん」
ものすごく申し訳無さそうな声が返ってくる。
「どうしたんですか?」
「あの……着替えを忘れたみたいで」
「…………」
なんということだろう。
陽香さんがそこまでうっかりさんだとは思わなかった。
そういえば、陽香さんがうちにシャワーを貸してくれと言ってきた時、手ぶらだったな。陽香さんが手ぶら。なんていい響きなのだろう。
美人教師がうちにシャワーを借りにやってきた! という興奮で、僕は冷静さを失っていたらしい。いつもの僕なら絶対に気づいていたよ。替えの下着は? 下着は? パンツはどこに持っているんだフヒヒ! って内心で叫んでいただろうさ。
「いえ、気にしないでください。そもそも陽香さんが手ぶらでうちに来た時に気付いておくべきだったんです。今、どんな格好してるんです?」
「河井くん、あのね」
「違いますよ、怒らないでください。その辺にタオルとか置いてませんでした? 一応体隠せるものがあった方が安心かと思って」
「トイレの横にフェイスタオルがあるくらいね」
しまった。湿るから、という理由で浴室にバスタオルは常備していないのだった。
「じゃあとりあえずバスタオルを持ってきますので、体を冷やさないように体に巻きつけておいてください」
「ありがとう。でも着替えは……」
「僕が代わりに取りに行きます! って言いたいですけど、着替えの服はともかく下着まで持ってこさせたくないと思うので、とりあえず僕の服を貸しますから、それ着てください。その格好で陽香さんは部屋に戻って、安心して着替えれば良いんです」
「そう、悪いわね」
「貸した服は洗わずに返してくれていいですよ」
「洗うわ。念入りに三回くらい洗っちゃう。もちろんコインランドリーへ持っていくわ」
「はは、冗談ですよ……嫌だなぁ、先生の時みたいな陽香さんになっちゃって。あ、扉の前にバスタオル置いておきましたからね」
これはガチで怒っているヤツに違いないと感じた僕は、余計なことを言わずに部屋着を取りに向かう。
しかし、そこはそれ。僕はオシャレに関心がない上に、ものぐさな一人暮らしときている。つまり、服をあまり持っていないわけで。
「しまった。比較的新しいスウェットは今朝着てそのままだ」
衣服を詰め込んだタンスをあさりながら、僕は頭を抱える。
こんなことなら、陽香さんがお着替えできるようなスペアを常時ストックしておくべきだった。陽香さんと同棲気分を味わえるぞ。
いや、現実逃避している場合じゃない。早く戻らないと、陽香さんが湯冷めしちゃう。
「……仕方ない、これで行くか」
僕は比較的マシそうな部屋着を引っ張り出し、浴室へ戻る。無事バスタオルは回収されたようだ。
「中学の時のクソダサジャージなんですけど、大丈夫ですか?」
「貸してくれるだけでありがたいわ」
「じゃあ、また扉の前に置いておきますので。……はい、置きましたよ」
僕は、地雷でも設置したみたいに、中学ジャージを浴室の前に置くと、さっさと部屋の奥へ引っ込む。
その数分後。
ようやく浴室を出ることができた陽香さんが言った。
「河井くん、そのポーズは何?」
「いえ、覗き見されているんじゃないかと陽香さんが不安にならないように、と思いまして」
念のため、僕は聖地へ向かって祈りを捧げるようなポーズをして耳をふさいでいたのだ。
「そう。お尻を向けて一体どうしたのかと思ったわ……」
顔を上げると、陽香さんはちょっと不安そうな顔をしていた。僕の行動が不気味過ぎて不安がらせてしまったのは悪い気がするけれど、覗きマン扱いはされていなさそうで、安心はした。
「ありがとう、そしてごめんなさい。色々迷惑をかけてしまったわ」
「いやぁ、僕もシャワーオーガナイザーとして未熟でした。それよりジャージのサイズは……」
陽香さんをよく見て気づいた。これはびっくりだ。
「なんでそんな中途半端な締め方してるんですか!?」
なんと陽香さんは、胸の谷間を見せつけるような位置までしかファスナーを締めていなかった。
おいおい、ウソだろ。陽香さんは今ノーブラなんだ。なぜそんな思春期少年の目を潰してしまうくらい強烈な絵面を僕に見せつけようとしたんだ?
いや、違う。わかった、これはわざと変な締め方をしているんじゃなくて……。
「違うの! 締まらないのよ!」
そう、僕は失念していた。
陽香さんのおっぱいは、でかいのである。
でもまさか、男子用のジャージで収まりきらないレベルだとは。
まあ中学入学前に買ったジャージだしな。あの頃の僕は今以上に小柄で、中学三年の時はわりと窮屈に感じるくらいになっていたから、胸の膨らみが大きい陽香さんだったらファスナーが弾け飛びそうにもなるか。
「貸してもらった手前文句は言えなかったけど……浴室で着替えてる時、これ絶対ヤバイやつって心配になりながら着てたんだから。貸してもらったものを壊すわけにもいかないし……」
恥ずかしそうにうつむく陽香さん。
もじもじしているせいで、両腕を前にやっているものだから寄せて上げる状態になっていまにも白いお胸が零れ落ちそうだ。
「わ、わかりましたから、ほら、早く部屋に戻って着替え直した方がいいですよ!」
「そ、そうね! とにかくありがとう! もうこんな失敗しないようにするから!」
シャワーの故障は別に陽香さんのせいじゃないだろうに。
頭を下げて玄関へ向かう陽香さん。
別に、そこに注目するほどの欲深さはなかったはずなのだが。
ノーブラに加えてノーパンな現在の陽香さんのジャージ越しのお尻が、思っていたより肉感的だったことが印象に残りすぎて、僕はしばらく勉強を再開できない状態に陥ってしまった。
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