第15話 美人教師、シャワーを借りに来る その1

 夕食を済ませた僕は、勉強に取りかかるべく机に向かおうとしていた。

 インターホンが鳴ったのは、そんな時のことだ。


「陽香さん? どうしたんですか?」


 玄関の扉を開けると、陽香さんが申し訳無さそうに立っていた。


「実は……シャワーを貸してほしくて」

「シャワーを?」

「そう。壊れちゃったみたいなの。水しか出なくて。大家さんには伝えたけれど、今日中に直るはずもないから、今日だけでも貸してくれないかしら?」


 ここ最近接してきた経験から、陽香さんは人を頼ることが苦手だと知っている。

 わざわざ僕のところへ頼みにやってきたのは、相当な覚悟が必要だったことだろう。


「今日一日くらいなら入らなくてもって考えたのだけど……」

「わかりますよ。明日も授業ありますもんね。シャワーに入っていない体で、生徒の前で授業したくなかったんですよね」


 陽香さんは、そういう人である。生徒の前では完璧でいたい人なのだ。

 僕としても、美人教師にお風呂入っていない疑惑が浮上したらいたたまれない気分になる。


 もちろん、美人な陽香さんの場合は、たとえ汗臭かろうが異臭騒ぎなんて起きず、むしろオリジナリティ溢れる素敵な香りがすると学校内の評判を呼び込むのだろうけれど。


「僕としてはちょっと汗臭い美人というのも、ちゃんと生きてる感じがしてオツだと考えちゃいますが、いいでしょう。シャワーくらい貸しますから、どうぞ中へ」

「あなた、善意が気持ち悪さでかき消されてるわよ?」


「いやぁ、これくらいの方が、陽香さんも遠慮しなくていいと思って」

「本当かしら」


 陽香さんは呆れつつも、笑みを向けてくれた。

 これはだいぶ心を許してくれているってことでいいのだろうか。


「僕は陽香さんにウソはつきませんよ」


 関わり始めてからというもの、少しずつ陽香さんは女帝から離れた自然体なところを見せてくれている。

 その信頼を裏切るようなことはしたくなかった。

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