第13話 先生のお部屋 その2
落ち着いて部屋を見渡してみると、前回訪れた時に見落としていたものが随分あるのだなと気付く。
陽香さんの部屋は二十代中盤女性とは思えないくらい可愛いグッズが目立つのだが、中でも存在感を放っている箇所があった。
部屋の隅にある、棚だ。
そこには、いわゆるアニメのメイト的な専門店で買えそうなグッズがたくさんディスプレイされていた。
「陽香さん、これ」
興味深いものを見つけて、僕はそんなコレクションの数々を指差すと。
「あっ!」
「なんです?」
「これは違うの! 私のじゃなくて!」
「いや、陽香さんのコレクションでしょ、陽香さんの部屋にあるんだから……」
「友達から預かってるだけなの!」
「旅行行くから預かってって頼まれたペットじゃないんですから。いや、別に僕は意地悪がしたいわけじゃなくてですね」
「じゃあなによ?」
すごい警戒してる。フシャーと鳴く猫みたいに威嚇してきた。今にも噛み付いてきそうだ。まあ陽香さんなら体のどこかをファングされても一向に構わんのですけど。僕に思い出の歯型をつけてくれ。
「これ、『スパイク・プリンス』のキャラクターですよね?」
「知ってるの?」
陽香さんが構えを解いた。表情も和らいでいる。やったか?
「タイトルだけですけどね。ソシャゲはそこそこやりますけど、女性がメインターゲットのゲームなのでプレイしたことはないです」
『スパイク・プリンス』こと『スパプリ』は、ソシャゲから派生し、アニメを始めとしてコミカライズやノベライズなど、メディアミックスが盛んに行われているメジャータイトルだ。
男子バレーボールを題材にしており、プレイヤーはイケメンをズラリと揃えた各学校のマネージャーになって、お目当てのイケメンと仲を深めていくという、そんなストーリーだった気がする。もう10年以上も続いている歴史あるタイトルだというから驚きだ。
「うちの妹が好きで。実家にいる時は一度、映画につきあわされた覚えがあります――」
「そうなの! 『スパプリ』!」
僕を遮るほど前のめりになって、陽香さんが寄ってくる。
顔の半分を隠していたフードは外れ、ぱっと光り輝く笑顔を向けてくる。
なんだこれ。出会って以降こんな生き生きとした顔を見たのは初めてだぞ……。
「私、学生の頃から『スパプリ』が好きで! 中でもこの
「ああ、たしかに。よく見ると同じキャラがいっぱいいますね」
気圧されながらも、僕はコレクション棚に再度視線を向ける。
フィギュアやアクスタや手のひらサイズのぬいぐるみなど、それぞれデフォルメされていても同じだとわかるキャラクターで盛りだくさんだ。
この手のキャラで人気なのは長身のイケメンでクールな俺様キャラなのかと思ったのだが、見た感じ、陽香さんの推しである希翠コウヘイなる人物は違うらしい。
小柄で瞳がくりくりした、どちらかというと可愛い系の温厚そうなキャラだ。いわゆるショタキャラというか。
ちょっと意外。陽香さんのことだから、軟弱な男は嫌い、と突っぱねてこの手のキャラクターを推すようには思えなかったんだけど。
「コウヘイくんは努力家なの。誰よりも頑張っているのだけど、その努力を自慢しないで、気配り上手だからみんなから愛されているのよ。それに――」
物凄く饒舌に陽香さんは語るのだが、僕の耳にはその情報の半分も入ってこない。
わかることは、陽香さんがコウヘイ氏をとっても好きだということ。
僕としては、ちょっと面白くない事態である。
いや、僕は何を嫉妬しているのだろう?
相手は創作上のキャラクターだぞ?
いくら陽香さんが、僕に見せたことのないはしゃいだ姿をしているからって……。
「――そういえば、河井くんって……」
「えっ? どうしたんです? 僕がどうかしたんですか?」
やっと僕に興味を持ってくれたらしいことが嬉しくて、つい聞き返してしまう。
「いいえ! なんでもないわ!」
「そんなぁ、教えてくださいよ。気になるじゃないですか」
「なんでもない!」
必死で拒否する陽香さん。
まあしょうがないか、陽香さんが言わないって言ってるんだし。
とは、ならなかった。
ここで聞いておかないと、少なくとも今日一日は気になってずっとムズムズしたまま過ごすはめになりそうだ。
「怒りませんから」
「ほんとう?」
「そもそも僕が陽香さんに怒るなんて、ありえません」
いざとなれば女帝モードになる陽香さんだ。その恐ろしさを、僕は知っている。あとたぶん、いざとなった時は陽香さんの方が腕っぷしは強そうだ。
陽香さんは決心してくれたようで、こくりと小さく頷くと。
「あなたが……」
「僕が?」
「……コウヘイくんに似てる、かも」
「えっ?」
「そ、それだけ!」
陽香さんは、またもフードで顔を隠してしまい、ぱたぱたと歩いてキッチンへ逃げ込んでしまう。
まあワンルームなので、部屋の隅に移動しただけなんだけど。
「似てる……?」
僕は、コレクション棚にある、陽香さんの感心を一身に集めるライバルことコウヘイ氏をじっと見つめる。
「そんな似てる?」
あいにく、僕には判断できなかった。
とはいえ、陽香さんの推しに似ているということは、少なくとも陽香さんから悪い印象を持たれてはいないということ。悪い気はしなかった。
「そっちはもういいから、冷めるから早く食べなさい」
いつの間にか陽香さんは、テーブルに料理の数々を並べ終えていた。
和洋折衷。盛りだくさん。陽香さんはまるで僕を食べざかりの運動部男子だと思っているフシがある。
「それとも、いらないの?」
テーブルの前に座り、頬杖をついてジト目をする陽香さん。
これ以上推しのことで突っ込むと、僕はせっかくの手料理を食べ損ねてしまう。
「ぜひ、ご相伴に預からせていただきます!」
僕は素直に従い、陽香さんの手料理を堪能した。
「美味い! 陽香さんが研いだお米に、陽香さんが直接触れた食材ってところが最高のスパイスですね! 美女の皮脂がもりだくさん!」
「気持ち悪いわねぇ……」
僕の正直な感想をキモいと捉える陽香さんだが、深く突っ込むことは諦めたようで、粛々と食事の手を進めていた。
一人暮らし生活の弊害は、もう一つあったみたい。
今まで当たり前にあった団らんの場を失ってしまうことだ。
「陽香さん、もう一つ陽香さんの料理が美味しい理由を見つけましたよ」
「期待してないけど、もう好きになさい」
「陽香さんと一緒に食事してるからです」
「……あなたね」
深くため息をつく陽香さん。
「そういうのは、将来ちゃんとした恋人ができた時まで取っておきなさい」
頬杖をつく陽香さんは、真横を向いていて、僕に顔を向けてくれなかった。
また呆れさせてしまったみたい。
まあ僕としては、別に陽香さんが恋人なら望むところなんだけど。
残念ながら陽香さんは、子どもの僕を相手にしないだろうから。
高望みはやめておこう。
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