第12話 先生のお部屋 その1
休日。
そんなわけで、陽香さんの自宅にお呼ばれされることになった。
夕食を振る舞ってくれるそうだ。
毎日の献立に悩んでいる身としては、食事の提供はとてもありがたい。
以前お邪魔した時は、色々ゴタゴタしていたので、陽香さんの部屋に上がった実感があまりなかった。
だから、美人が一人暮らしをしているお部屋に足を踏み入れる緊張を、新鮮な気持ちで味わうことになる。
扉の前でインターホンを押すだけでも、緊張してしまうというもの。
「河井くん、来たのね」
玄関の扉を開けた陽香さんは、プライベート感満載な格好をしていた。
長い黒髪を一つに結び、その房は肩から前へ落ちている。
下はスウェット生地の黒いショートパンツで、上はゆったりしたグレーのパーカーを羽織っていた。
きっと学生時代から部屋着のセンスはあまり変わっていないのだろう。
だが、大人な陽香さんが、子ども時代を彷彿とさせる格好をしていると、彼女の過去を覗き見ているようで感慨深い。
パーカー越しでも大きいとわかる膨らみがあり、ショートパンツの下からは普段タイツに守られて見ることができない白い脚が無防備に晒されている。
それだけで来た意味があったというお得感に包まれてしまうのだけれど、気になるところもあった。
「陽香さん、なんか怒ってます?」
「別に? どうして?」
「いえ、表情がなんとなくぎこちなく見えたんで」
「それは……」
指先をつんつんしてもじもしする陽香さん。
「私、こういうかたちで異性を家に招いたことないからぁ!」
ヤケクソみたいに叫んだ。
ご近所さんに聞こえちゃっているのでは。僕は思わずあたりをキョロキョロするのだけれど、幸いご近所さんが部屋から飛び出てくる気配はなかった。
「異性って。陽香さんのクラスの生徒じゃないですか」
「河井くん。あなたが言うように、せっかく教師らしさから離れたと思ったらそんな引き戻すようなことを言って……」
「すみません! もう余計な口ははさみませんから! いやわかります! 僕も緊張してますから!」
「ほんとう?」
「ええ。だから、もっとリラックスしちゃいましょう!」
結局、僕も陽香さんもお互いに緊張してしまっていたようだ。
自分だけじゃないとわかると、俄然気持ちが楽になってくる。
「でも、そのわりには格好はゆったり部屋着ですよね?」
「だって! ちゃんとした格好であなたを部屋に入れるのもいやらしいでしょ」
「僕は別に……いやらしくて全然オーケーですけどねぇ」
「あなた、開き直る前にもう少し建前を覚えないと、女子から嫌われるわよ?」
「まあ、僕はこんなこと陽香さんにしか言わないんで」
「…………!?」
陽香さんは、声にならない声を上げると、あっという間にパーカーのフードを被り、ドローコードをきゅっと締めて顔を隠してしまう。
目元が隠れようが、頬はばっちり見えていて、そこはほんのり赤くなっていることがまるわかりだった。
耐性がなさすぎて逆に心配になってしまう。
これから僕は、陽香さんに言い寄る不届き者を排除する役目も果たさないといけないのだろうか。
まあ、女帝モードな陽香さんを常時維持していれば、変な男が近づくことはないけれど、それだと陽香さんの心が本当に休まらなくなっちゃうもんな。
「あの、陽香さん、お邪魔しても?」
「……どぞ」
陽香さんは、うつむいたまま消え入りそうな声で、部屋の向こうを手で指し示す。
なんだか内気な無口キャラみたいになっちゃったなぁ。
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