好きなのかな

 ピンポーン……。ピンポーーン……。

 僕は音葉の家の前で玄関のチャイムを鳴らすと、中から若そうな女性の声が「はーい!」と漏れ、駆け足の足音との後に玄関の鍵がガチャリと開けられる。

「あら、言葉ちゃん!音葉を迎えに来てくれたの!?ありがとーねえ!」

 開くドアから顔を覗かせたのは音葉の母、葉月さんだ。

「こくり」

 僕は会釈ついでに頷き、中を少し覗いた。

 家の中からはテレビと思われる人の声と音楽が聞こえ、朝らしい静まった空気が充満していた。

「ごめんねぇ、さっき起きたばっかりでやっと制服着て部屋から出てきたから急がせて朝食食べさせてたところなの、ホントごめんね」

 申し訳なさそうに首を落とす葉月さんに僕はぷいぷいと首を振り、苦笑いを浮かべる。

「ちょっとー!音葉ー!!言葉ちゃんが来てるんだから早く支度しなさーい!!」

 室内に向かってそう叫んだ葉月さんは、もう一度「ごめんね」と片眼を瞑って手を合わせ、ドアを閉めて、中でドタバタ音を立てて行った。

 相変わらず、音葉の家は今日も忙しい朝だなと呆れながら、しばらく待つ事にした。すると、

 ガチャ。

「んーーす、おはよ。今日も母ちゃんうるさくてごめんな」

 やる気ゼロ、頭ボサボサのショボショボ顔を披露して登場した音葉は、後ろで鬼の形相してる母親の存在に気付く事なく口に咥えた食パンをもちゃもちゃ食べていた。

「……(汗)」

「ん?どした?俺の顔を見たりして」

 僕は後ろの鬼、いや鬼神の形相と音葉の顔を交互に見つめては音葉に後ろ向くよう指を指した。

「ぁあ?なんだよ、俺のウチが火事にでもなってんの……、……あ」

 パンに手を添えながら振り返った音葉は、今にも殺人を起こしそうな気迫の鬼神と目が合い、鬼神に物凄い握力で肩を掴まれていた。

「あらー?まだローンがた〜くさん残ってるウチのどこが火事になってるって〜?…………っこんのバカ娘がああああああー!!」

 勢いよく振り上げられ、張り手を突き出したその左手によって音葉の咥えてたパンが一気に突っ込まれ、喉に詰め込まれた。

「おゔふゔぇぇ!?」

 んぐうー!んぐうー!!と完全に喉に詰まらせ死にかけているただのバカの背中を叩きながらなんとかちゃんと飲み込ませた。

「な、なにすんだよクソババア!!死ぬかと思ったじゃねえか!」

「ふんっ!知らないわよ、言葉ちゃんを待たせたあなたがわ〜る〜いー!ぷん!!ほら早くしないと遅刻するわよ、はよいってらっしゃい」

「けっ」

「……(汗)」

 いつもの親子喧嘩に少々気不味くなりながら、僕は葉月さんに会釈し、音葉の手首を掴んで引っ張った。

「いってらっしゃ~い」

「いってくるー」

 手を振り、先程とは打って変わっての笑顔で見送る葉月さんに、音葉は空いたほうので手をぶんぶん振った。


 たくっ、母ちゃんに急かされたせいでまだ喉が変な感じする。

 学生カバンをもって手を肩に置いて吊り下げながら、ぶすーっとふてくされて道路に転がった小石を蹴る。

「……(ちょんちょん)」

「ん?なんだ?」

 隣を歩いていた言葉が、じっと見つめたまま、肩を手で叩いてきた。

 相変わらず言葉は、見た目が女の子らしいせいであまり男女で差異のない制服のブレザーのボーイッシュな女の子に見えるが、それでもなんとかズボンを履いてるおかげで男子に見える。

 俺は女の方が好みなんだけどな、なんで男のこいつを……、て思ってる場合じゃあないか。

「どうした?ことちー」

「……」

 言葉は自分のふわふわとした髪を持ち上げ、まとめて結うようなジェスチャーをする。

 髪の毛を縛る?……あ。

「そういや髪縛ってなかったっけ」

「……(こくん)」

 自分のもさもさ髪を一房持ち上げて、今の髪型に気付いた。

「……まあ、いいや。今日は結わなくていいよ、めんどいし」

「……(むすっ)」

 え、えぇぇっ、なんで機嫌悪くなるんだよ。

 そんな顔するなよーぅ、気不味いやろが。

 言葉は、見て取れる程機嫌悪そうにして唇をつんつん尖らせた。

 まあ、理由はなんとなく分かるけど、なあぁ。

「……!!(シュっ)」

 明らかな態度に動揺していると、自分のズボンから何かを取り出し、俺の背後に周った。

「おっ、おい!なにすんだよ!ちょ、肩掴むなって!おいっ!!」

 咄嗟の行動にびっくりし、振り返ろうとすると肩を抑えられ姿勢を戻された。

 そして、なにやら硬いものが太もも裏に当たったのにびっくりして、少し萎縮してしまう。

 身体が強張り、緊張して姿勢がピンとしてしまうと髪が引っ張られ頭を撫で付けられているのに気付いた。

 ああ、そっか。髪、結ってくれてるんだ。

「……!(せっせ)」

 なぜか後ろで張り切って髪を縛ってくれてる言葉の姿が目に思い浮かんで、俺は顔を仄かに赤らめてしまう。

 嬉しいけど、恥ずかしい……。複雑な気分に頬を緩め、目を閉じた。

 暗闇の中、あの硬い感触はなんだろうと少し考えてはやめる。

 言葉は、華奢で小さい身体なのになぜかしっかり肉付きはよく、えっと、その……言いづらいけどお尻とか太ももはもちもち柔らかそうに膨らんでる。なんていうか、X体型ていうか、俺より女らしい身体してた。小学六年生のプールの時だけど。

 まあ、どうせ男の膨らみに重なってズボンのチャックが当たっただけだろ、と納得。

 しばらくして、ぽんぽんと頭を叩かれ瞼を開くと、ひらり身体を翻しながら言葉が後ろから姿を現す。

 後ろで手を組んで上目遣いに見つめる、正面の言葉がどうしてもショートボブの女の子に見えてしょうがない。

 まったく、俺も親バカならぬ友バカになったもんだな。はぁ。

「ありがとな、言葉」

 俺は笑って言葉の頭をわしわし撫で、呆然とする言葉を置いて通学路を歩いた。

 しばらく経っても来ないので「学校遅れるぞーっ、ことちー」といって振り返る事もなく手を挙げると、やっと言葉は駆け足で隣に並んだ。

 俺は、ボサボサとしたポニーテールを撫でつけ、空を仰ぐ。晴天の空に。

 俺は思った。

(やっぱ俺、言葉の事、)


 もふもふ、もふもふ。

 や、やばい。僕、女の子の髪の毛触ってる……!

 幼馴染みの男みたいな音葉とはいえ、なんかドキドキする。彼女の僕に対する想いも考えると尚更。

 僕の股関も勃ってるし、保健の授業で習ったから知ってるけど多分、僕は興奮している。

 ごくりっ。

 あまりにもボサーっと言う事を聞かない音葉の髪をまとめてる最中に音葉が動くもんだから、膨らんだ制服のスラックスが音葉の体に擦れてしまい、バレてないかそれだけが気がかりだった。

 身長のデカい音葉に合わせるべく一生懸命手を伸ばして結っていく。

 やっと完成して、仕上げに音葉の頭をぽんぽんすると、僕は彼女の前に回り込む。

 うん。やっぱり、あのボサボっサーのヘアーはだらしなさすぎ。友達として恥ずかしくない格好でいてもらわないとね。

「ありがとな、言葉」

 そう、彼女らしい元気な笑顔でにかっと笑うと頭をぐわんぐわん撫で回された。

「いくぞ」

 僕は先に行ってしまった音葉をよそに、頭を俯かせていた。

 地面を向く顔は熱くて、多分顔は真っ赤だったと思う。

 嬉しいのか、恥ずかしいのか、なんなのか分からなくて。

 でも、この顔だけはあの人に見せたくなくて。

 僕は、紅く染まった顔を風で冷やすように、空を仰ぐ。晴天の空に。

 僕は思った。

(もしかして僕、音葉の事、)


 二人は同じ事を思っていた。

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