転校生の音葉
「みんなに紹介するね。今日このクラスに入ってきた山田音葉さんです。仲良くしてあげてね、みんな」
「よろしくな!俺、音葉!サッカーとか好きだぜ!」
僕のクラスに転校生がやってきた。昨日隣に引っ越してきた、男の……いや、女の子だ。
教室の隅っこ、窓際に座っている僕だが、なんか学校で顔を合わせるのは気まずくて、つい肩を縮こまらせてしまう。
彼女は辺りを見回すわけでもなく、何故かすぐに僕を見つけて手を振っていた。
姿勢的に俯いていた僕は、ふと周りの子が僕を凝視していることに気付き、顔をあげると彼女が手を振っていた訳だ。
「じゃあ、音葉さんには言葉くんの後ろに座ってもらおうかな。あの窓際の一番後ろね」
「はいっ!」
みんなが物珍しい顔で見つめる中を堂々と歩く音葉。机と机の間を通ってこちらに歩く音葉は僕の座る席まで辿り着くと、僕の顔を見て、にかっと笑った。
(うわー、みんな見てる……。僕にアプローチするなよ……)
よしょ、と言って引いた椅子に座った音葉は、ちょんちょんと僕の肩を指でつつく。
「よろしくな」
内緒話をするように口元に手を添えてひそひそ言う彼女に、こくんっと頷いておく。
その後、担任の小野先生が出席をとって朝のホームルームが終わると一斉に僕の後ろに人だかりができた。
「なあ!サッカー好きなんだろ!?おれ達と昼休み遊ばね?」
「ちょっと男子達!あたしたちにもその子と話させなさいよ!!」
あー、うわー、こういう空気嫌い。人がよそ者に好奇心でたかり、根掘り葉掘り絞り尽くすようなこの熱気。イヤだなー。
早めに次の授業の準備してこの場を離れよう。
「ちょっと男子達!あんまりにも集中しすぎじゃないの!?」
「うるせーよ!!おれ達男子なんだからいいだろ!?」
…………といううんたらかんたらの会話を背にして教室をあとにするとトイレに向かった。
用を足しに行くときに男子トイレに入る。こういう時、他のクラスの上級生が僕を見てると、髪型や顔立ちからか、「あの子女子じゃないの?」とか、「あいつ男なのか?」とかひそひそ言われる。ちゃんとズボンとか男の子の格好してると思うんだけど、やっぱり女の子に見えるらしい。
(やっぱりこの髪型、やめるべきなのかな……)
トイレし終わって、手を洗った後、僕は自分の髪を触っていた。
口を隠せるようにまで伸びたショートボブの髪。父にこの髪型可愛いなと言われて嬉しくて、床屋に言ってもこういうオーダーをし続けていたけど、やはり……。
「……ぅふぅ、っと。おっ、ことちーじゃん」
両手で髪に触れ、バネのようにばいんばいんと持ち上げていた所に、音葉が現れた。
「いやー、あいつらうざくて撒いてきたんだけど、途中でトイレ行きたくなってさ」
(ふーん、それで……)
「ちょっちまっててくれるか?トイレいってくる」
そう言って女子トイレに入っていたティーシャツ短パン短髪の少年にしか見えない女子はトイレに入っていった。
………………。
「きゃーーー!!男子が入ってきたー!!」
「うぉっ!?な、なんだ!!?」
なんだじゃねえよ、そんな格好してるからだよ。
程なくして、げっそりとしょげた顔をした音葉がトイレから出てくる。
「おー、ごめんなぁ。中の奴に説明してたあ」
そうか、さっきの必死に訴えるような声は音葉の解説によるものだったのか。
まったく、なんでそんな格好でくるのかなぁ。
「おっと、そうだった。ことちー、今日学校終わったら一緒に遊ばねーか?」
彼女は白い歯でにっこりと笑うと僕の肩にその手を置いた。
やはり男勝りな手だ。僕と同じで小さい子供の手だけど、手の甲に擦り傷や指に絆創膏が貼ってある。
しばし見つめたその手の持ち主に振り向くと、彼女は、なんだ?みたいな疑問符を浮かべた顔で首を傾げる。
そうだ、彼女は昨日もその手で引っ張ってくれた。少し乱暴だけど、勇ましく、誰よりも優しいその手で。
僕は肩に置かれた彼女の右手を両手で取り、そっと、ぎゅっと包み、握る。
親指の腹に音葉の手のひらのマメが当たる。固くて、女の子のくせにゴツゴツした指。
なにか外で野球かなんかの練習でもしてるのだろう。見えない所さえもやんちゃな彼女を表すその手を握りながら、僕は彼女に。
彼女の手を持ったまま僕の頬に触れさせ、少し怯えるようにそっと、そっと微笑んだ。
音葉はそんな僕の行動を見て、顔を見つめて、程なくして顔をそらしてしまった。
「きゅ、急になにすんだよ。今日は俺に付き合ってくれるんだろっ?」
こくん。
僕は頷いて隠してるようで顔だけしか隠せてない彼女の反応。耳が赤くなってる事に気付いたが、それがなにを表すのか幼すぎた僕にはよく分からなかった。
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