君と喋りたいよ
「なあなあ、お前んち父ちゃんいていいよな!」
音葉ははきはきとしてずいっと、顔をこちらによこす。
「……っ、……っ」
僕がもし言葉を出したら絶対しどろもどろになってそうな仕草でおどおどとすると、音葉は構わず「なあなあ!!」と言っている。
このなあなあ星人をなんとか鎮圧したいがあまり声は出したくない。……てか恥ずかしい。
なぜか僕は声を出すことにコンプレックスのようなものを感じて、どうもこういう声を出さざるを得ない状況になると心臓が慌てふためく。
「こーら、音葉っ、駄目でしょ?言葉ちゃんが困ってるじゃない」
「えー、いいじゃんいいじゃん。それくらいいじゃん、ねー?ことちー」
おお!おばさんが助け舟を出してくれた!このまま助けてくれ、おばさん!あとことちーて呼ぶのやめろ!
「まったく、そういう無神経な所誰に似たんだか。そろそろお母さんご飯作るから二人とも部屋で遊んでてくれる?」
「分かった!」
「……」
僕は未だにおぼつかない挙動でおばさんと音葉を交互に見て、最後に音葉に顔を向けるととてつもない笑顔でにぱーっと笑ってる音葉に迫られ、腕を掴まれてしまった。
その後は、部屋に連れてかれ、なんだかよく分からないゲームを一緒にやらされ、対戦させられる。
一方的に音葉の扱うキャラにやられ、何かをすることもなく負ける、負ける。やられる、やられる。
……つまらん。
「むにゅー、弱い弱い!!つまらない!!」
そう言ってコントローラーを投げ出すと、僕もそっと床に音葉とは色違いのコントローラーを置く。
「……なあ。お前なんで喋らないんだ?声出せないのか?」
「……っ、……」
僕は彼から目を背ける。
そんなの、僕だって喋りたいよ。でも、でも。
喋れないんだよ。喋りたいんだよ。父さん以外とも。
「……」
「……俺、お前の声、どんなのか聞いてみたい。ダメか?」
「……」
ダメじゃない。
「……そうか」
ダメじゃないんだよ。
「なんでか、教えてくれよ」
知らないよ。
分からないんだよ。
「紙に書くのでもダメか?」
………………。
「ほら紙と鉛筆」
彼はそれらを手渡した。僕はそれを見つめたまま受け取る。
床に置く。
俯いたままの姿勢。
紙に小さな灰色のシミができる。丸い丸い、次第に広がる闇。
「……っ、すん、すん、……」
「……な、泣くなよ。悪かったよ、やめろって」
違う。違う。
僕は、泣いていない。
泣いていない、はずだ。
白いその紙に、濡らすだけでない文字を描け。
キャンパスに色を付けるように。中途半端な色付けではなく、ちゃんとした色を、絵を描くのだ。
書け、描け!!
伝播せよ、その白紙に僕の気持ち。伝われ……!!
「……ごめんな、さっきのナシ」
僕の描いた言葉を見て彼は言った。
『君と喋りたいよ』
「言葉ちゃん、今日お父さん帰ってくるの遅くなるんだって。ちょうど晩ご飯カレーにしたし、言葉ちゃんの分も出せるから泊まってかない?」
「……」
こくんっ。
僕が頷くとおばさんは顔を笑わせて、頭を撫でてくれた。
そういえばお母さんにもこんな事してもらった気がする。
懐かしいな。
「かあちゃんかあちゃん、カレーまだか!?」
「もうあんたは我慢することくらい覚えなさい、まだご飯炊いてないから二人でお風呂でも入ってきなさい」
「わかた!!」
「……っ」
おばさんの言葉に音葉は両手を上げて答えると、一応僕も頷いた。
「おっふろ、おっふろ!たらららら〜ん♪」
「……」
脱衣所、音葉がぽいぽいと着てるものを脱いでいく。
うわー、父さん以外と入るの初めて……。
いくら相手が男の子でもなんか緊張する。
「ふんふーん」
「……?」
彼がズボンに手を掛け、ずり下ろすと、ぱっとピンクのパンツが目に写った。しかも女の子が履くパンツだ。
「……?……?…………??」
僕は、頭の中がはてなでいっぱいになり困惑で爆発しそうになる。
な、なんで?なんで?なんでそんなパンツ履いてんの?
「……あっ?どうしたんだよお前、俺達オンナなんだから恥ずかしがることねーだろ?」
……は?
彼女が最後の一枚をずり下ろす。
するっ、ぽと。
「………………」
「…………ん?」
彼は、いや彼女は首をこてんと小さく傾げ、疑問符を浮かべる。が、僕は、ただただ口を開けて、頭を真っ白にするしかなかった。
………………ちんがねぇ。
「うわあ、すげぇ。なんだこのフニフニした触覚」
身体を洗って湯船に使っても未だに頭の空白感は取れず、未だに逆上せたような感覚に囚われている。いやもうすでに逆上せているのかもしない。逆上せていたい。
「フニフーニ。びよんびよーん」
てか遊ぶなよ。こいつ。女のくせに男の格好しやがって、紛らわしい。って自分も女々しい格好してるから一緒か。
「ふう、ひとしきり遊んだ。……そんいえばさー、なんでお前のかあちゃんいないんだ?」
「……」
かあちゃん……か。
「……もういないのか?」
こくんっ。
「そうか、そうなんだ」
そう、僕の母はいない。僕が赤ちゃんの時、病気で亡くなったそうだ。
でも父さんがいるから、寂しいなんてことはなかった。
父さんはその分の愛情をくれた。だから寂しくないんだ。
「…………」
「…………わりぃ、変なこと訊いて」
ぷいぷいっ。
僕は首を振った。そんな事ないって、思えてるから。絶対。
だから、謝らないでほしい。
僕は彼女の手にそっと手を重ねた。僕達の小さな身体ならすっぽりとはいる、その充分な大きさの浴槽。
彼女は僕に振り向くと、湿った髪を携えたその頭を傾げて、微笑んだ。
ふっと、優しく笑ってくれたんだ。
「二人ともー、いつまで入ってるのー!ご飯できるわよー!!」
「は〜いっ!……さっ、出ようぜ。ことちー」
「……」
こくんっ。
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