言ノ葉ノ生キ物。
蒼井瑠水
僕の名前は……。
「俺、音葉ってんだ。よろしくな」
「……」
彼はそう言って僕に手を差し出したっけ。
山田音葉。短パンにTシャツ。まさにやんちゃ小僧って感じの子がウチの隣に引っ越してきた。
母子家庭のようで、その時は向こうから挨拶に来たが、僕は恥ずかしさのあまり、父の後ろに隠れていた。
「あら、かわいい子ね。女の子ですか?」
「いえ、こう見えて男なんですよ。なんでかウチのは女の子の格好が好きみたいで。好きにさせてるんですけど」
「あらあら、ウチのバカ娘とは対照的ね、この子、男勝りな性格してて」
「そうなんですか、なんか二人とも、逆の意味で似てますね」
「そうですね」
僕は和気あいあいとした父とおばさんの話を聞く余裕なんてなくて、腕を組んで仁王立ちしてる男の子が怖くて父の膝裏にすっぽりと顔を隠していた。
しかもずっと笑顔。怖い。
「なあなあかあちゃん、こいつと遊んでいい?」
「いいけど、優しくするのよ?」
「分かってるよー!」
えっ?今なんつった?
「おい、おまえ、いくぞ!」
がしっ。
短髪茶髪の彼に腕を掴まれた僕はなされるがまま連れてかれた。
「なあ、なにして遊ぶ?ゲーム?」
「……」
ここは彼の部屋、っぽい。
隣の家に連れてかれ、無理やり上がらされて、二階へ。
たどり着いたのは音葉ってかかれたネームプレートがかけられた部屋だ
中に入るとサッカーボールや野球バットがダンボール箱に投げ入れられていて、ゲーム機などが乱雑に設置されてる。
とりあえず、なんともいえない緊張を胸のどきどきとともに身体に収め、彼の近くで正座する。
「んー、なんか遊ぶのにいいのないかな……」
彼の部屋を見渡す。どうやら彼は僕と同い年のようで、彼の勉強机と思しきものには小学1年生の教科書や計算ドリルが乱暴に広がっていて、ランドセルも掛けてある。
「あっ、そういえばおまえの名前聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「……!?……っ、……っ」
僕は突然の問いかけにびっくりしてあたふたとする。
あわてて、とみこうみ、あやふやに、もじもじ。
彼は手を止めて、じっと見つめてくる。ずっと、ずーっと、長く。
僕は床を見つめるしかなく、彼の顔を見るにもどんな顔をしてるか、確かめるのが怖い。
そんな僕をおかしいと思ったか、見かねてか、彼はこんな事を言ってきた。
「どうしたんだ?喋れないのか?俺の自由帳使っていいから、名前教えてくれよ」
恐る恐る、僕は顔を見上げる。彼の顔を、その目を、見る。
彼はうんざりするでもなく、怒るでもなく、口に軽く弧を描き、その目鼻はっきりした整った顔を微笑ませていた。いや、微笑んでいたんだ。
彼は、音葉はその優しいという言葉を具現化したような表情で一つの紙切れと鉛筆をよこした。
僕は小学生になりたての汚い字で、震える手で書いた。
『ぼくのなまえはことばです。』
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