第71話 オラド
時は遡り、皇帝ハイデンベルグをディルが斃した後、聖地へと戻った後。
もう一つの世界・ノア。
コルヴァは、カイン達を導いた灰色の建物内で、骸の輪の中に立っていた。
「遅かったですね……ディルさん。ちょうど、皆さんを殺し終わった所でしたよ」
ディルは、亡骸の群れが倒れる中を進みながらちらり、と機械の残骸を見る。もはや原型を留めない程に、粉々となっていた。
(テミス……)
ディルにとっても彼女は、〝協力者〟だった。アルマスが滅びてすぐ、コルヴァを追う中で接触を受け、支援をしてもらった間柄だった。これだけ残酷な殺し方をするのは、如何にも機械らしいやり方だった。
「・・・・・・嘘をつくな。もっと早くに決着は付いていたはずだ」
ディルは、コルヴァの言葉に返してやった。突っ立ったままのコルヴァは、あはは、と薄く笑って見せて、肩をすくめた。
「俺を待っていたのか。お前は本当にユリアスの・・・・・・いや、そもそも、カイン達にノアの情報を与えたのは何故だ?」
「貴方の追手を撒く為と、可能性を残す為、でしょうか」
ディルが問いに対し、コルヴァは間を置かず歌うような調子で答えた。
「ここまで来たということは最後のつもりなんでしょう。本気ですか? 僕は当時のノアで、最大のリウ蓄積量を持つ機体ですよ。数年単位で継戦可能です。いくら〈魂〉を喰ってる貴方とはいえ、体力が持つとは考えにくい」
「持たないと知っている訳ではないのだな」
「さあ。僕の
「あいつも似たようなものだろう」
「全然違いますよ」
堪え切れない、というようにコルヴァは笑い出した。ディルは、瞬きひとつせずに睨み付けたまま動かない。少しの間、笑い声をあげたのち、コルヴァは顔面をそぎ落とすように表情を消した。それに対しては、僅かにディルの顔が曇る。
「なぜ、感情がないフリをしている。心臓が人間のものなら、あり得ない話ではないだろう」
「フリ? ……ああ、成程。僕はもう感情があると。確かに記憶域には、感情を持った機械体の記録も多く在りますし、不自然ではない。何なら感情を持つことを予見して、人々の記憶とか願いとかを脳に多く詰め込まれているんです。感情を持っても創造主に逆らわないようにね。きっと、まだ機能が追いついていないのではないでしょうか」
「そうか」
ディルは、やるせなく溜め息をついた。
「僕の心配をしてくれる人なんて、貴方だけですよ」
「俺じゃない。同居している方だ」
「ああ。やはりまだ居るんですね」
「頭の中にな」
ディルとコルヴァは、互いにしか通じ得ない会話を続けた。静かだった。誰も居ない世界で声と、眠ったままのノア人達の命を繋ぐ、機械の音だけが響く。そのうち、満足したようにコルヴァが深く息を吐いてから、短剣を抜いた。
「ありがとうございます。では、始めましょうか」
「ああ」
その言葉を皮切りに、両者は粛々と戦うための準備を始める。ほんの少しの時間の後、互いの剣がぶつかる音が鳴り響く。それから、一度も休む事なく、ディルとコルヴァは熾烈な争いを繰り広げた。
数日は経った──だろうか。ディルとコルヴァが無心に斬り合うだけの時間が、刻々と過ぎていく。
『ディル、後ろだ』
ディルの頭の中で、落ち着き払った声が響いた。ディルは咄嗟に大剣を横にして盾のように持ち、背後を狙ったコルヴァの凶刃を受け止めた。コルヴァは跳び退く。
『奴さん、首じゃなくて手っ取り早く心臓を狙っているな。抉られねぇよう気を付けな』
少しだけ真剣そうだが、揶揄うような口調で声は言った。
「オラドですか? 今のは。厄介ですね」
「ああ」
コルヴァが怪訝そうに問いかけるのに、ディルは平坦に答えた。
三年前の〝雨〟の日、コラーダの神子・オラドと従者たちにディルは襲い掛かり、心臓を喰らった。それにより、ぎりぎりのところで命を繋ぎ、今の身体を得た。神子の持つ、〝雨〟に溶かされない浄化の力と、普通の人体とかけ離れた運動能力。機械の身体を持つコルヴァに対しても、互角以上に渡り合う事が出来ているのは、この身体によるものだ。
ところが、オラドを喰って以降、思わぬ異変が起きた。ディルの頭の中で、オラドの話し声が響くようになったのだ。はじめは幻聴だと思っていたが、オラドの声曰く、気付いた時には意識だけがディルの身体に宿っていて、自分では身体に対して何も出来ないのだと言う。ただし、ディルの見ている、感じている事を全て共有しているのだそうだ。
その後、偶然出会ったテミスにこの話をしたところ、オラドの〈魂〉の宿った心臓をディルが直接喰らったため、互いの〈魂〉が同居している状態になっているらしい。以降ディルには、自分を喰い殺したディルを蔑み、時には助けようとするオラドの声が聞こえている。そのお陰で、コルヴァへの復讐心を見失う事は無かった。
「貴方はやはり、不思議な方ですね。敵同士なのが惜しいですが……」
コルヴァは残念そうに笑った。傍目には、この表情が本人の心象なのか、コルヴァの持つ機械製の脳から来るものかは、判断出来なかった。
だが、その後すぐさま斬りかかってきた際の動きには、これまで数月の間には見せなかった、僅かな綻びを得ていた。ディルはこれを好機と捉えた。大剣を振りかぶり、渾身の力でコルヴァに打ち付けた。斬りかかったというよりは、大型の鉄塊が衝突したような轟音が響いた。
コルヴァの細い身体は文字通り吹き飛び、建物内の壁に打ち付けられて地に落ちた。 ディル自身もこの瞬間、体力に限界を迎えて、崩れるようにへたり込んでしまった。どちらも動かず、無音となった。
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