第68話 報い
ロウは、玉座から立ち上がった。愛用の短剣を二本とも抜き、掌のなかでくるくると回して遊んでいる。その顔つきは疲労や諦観という色の中に、呆れを見せていた。
「だから無駄だと言ったでしょう」
ロウから発せられた声は、先ほどまで戦っていた法王と全く同じ口調だった。予想通り、その身体と意思はユリアスに支配されていた。
「この男だけではありません。
ロウの身体を得たユリアスは、ゆっくりと歩を進めて、こちらへ近づいてくる。
「諦めなさい。あなた方は我らの道具。支配されるために生かされた命。いずれ滅びる運命にあるのですから」
目の前まで降りてきたユリアスは、ロウとは違う構え方で短剣を向けてみせた。
カインは、クリスティと頷き合って、再び剣を取る。身体を操られたロウを前にして、過去のやり取りを想起した。
『カイン、あんたもし、姐さんが……』
『もし、オレのせいで、誰かが危なくなれば。その時は容赦しないでくれ』
ロウはこれまでの関わりの中で、何度も秘めた意志を伝えようとしていた。タン・キエムやエペト・グラムで意味深に告げられた言葉の意味は、こうなるまで、ついぞ理解できないままだった。カインは己の浅はかさを悔いたし、ロウの壮絶な覚悟を感じ取っていた。
「ユリアス、お前は知らないだろうが。ロウは賢い奴だ。自身に何かが宿っていること、それがいずれ、マキナに対して牙を剥くことを予感していた。だが、お前に知られればこうして支配される。分かってはいても、離れる事も出来ず。始末を付けてほしいと、何度も俺に伝えてきていた」
ユリアスは首を傾げる。狂言か何かだと思われているようだが、カインは構わず続けた。
「だが、俺は……。誰かのために死ぬ選択を、正しいとは思わない。勿論、そう仕向けた、お前も」
カインは構えを解く。剣を高く持ち上げると、顔のすぐ横から斜めに降ろすような珍しい体勢を取った。ユリアスは一瞬怪訝そうにしたが、すぐに短剣を振りかぶり襲いかかる。
カインは剣先で切り上げるようにして短剣を往なしてから、剣を振り降ろす。ユリアスは受け止めて、双方の刃が組み合ったままぎりぎりと擦れる。最中に突如、どす、という生々しい音が鳴った。ユリアスの右肩に、クリスティの射った矢が刺さったのだ。だがユリアスは全く意に介さずに、カインの身体を蹴り、短剣で突いた。カインは刺突を剣で受けた後、切り上げる。だがそれは狙いを外して、肩に刺さったままの矢の幹部分を斬ってしまう。矢先の鏃だけがユリアスの肩に刺さったまま、残った状態となった。
「くくく。軽くしていただいて、ありがとうございます」
ユリアスは可笑しそうに笑った。
だが、カインは攻撃の手を緩めず、これまでで最も強い力で剣を振り、短剣を弾いた。ユリアスの顔には動揺が見られたが、すぐに嘲笑に変わった。そして更に表情が移り変わって──焦りを見せた。
カインは全く容赦なく、ロウの両肘から先を、斬り落とした。ユリアスがぐらり、と背から後ろに倒れかけるのに乗じて、身体ごと地面に押し倒す。そして、ユリアスの口の中に無理やり自身の拳を突っ込んだ。
「……⁉」
「悪い、ロウ」
ユリアスの顔が苦渋に歪んでいるのを見て、カインも苦し気に呟いた。背後からクリスティが駆け付け、布を取り出してロウの腕の止血を試みる。
「……乗っ取りが出来ないだろう。クリスティが放った矢の、鏃は……『ドゥリンダナ』の欠片だ。神剣というなら、欠片が肉体の内に接していれば、〝リウ〟を介した〈魂〉の乗っ取りは出来ないはず、と見越した。誤りでなくて良かったが……」
カインがそう告げた途端、ユリアスの眼が大きく見開かれ、すぐに怒りの表情に変わった。口に突っ込んでいる拳に、血が出るほど歯を立ててくる。
「〝土の民〟は神剣に触れても、浄化は出来ない。ロウの身体の中で、ユリアス、お前の〈魂〉だけが浄化に使われるはずだ」
ユリアスの顔は、絶望に染まった。今、肩に刺さっている欠片を取り除かない限り、ユリアスが今まで行ってきた〈魂〉の移動と乗っ取りはできない。それをさせない為に、手を落とし、舌を嚙み切れない様にしている。
「ロウ……。ごめんね」
止血を終えて血だらけになったクリスティが、泣きそうになりながら呟く。ユリアスが口を占める拳のせいで言葉にならずとも、怒りのまま壮絶に叫んだ。ううう、という呻きが広い宮殿に反響し、化け物の鳴き声のように聞こえた。
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