第67話 血濡れの果て

 ユリアスは取り繕っていた聖人然とした姿でも、余裕綽綽な態度でもない。憎悪を堪え、引き攣った笑顔のまま、こちらを見下ろしている。


「たかだか数十年しか生きない〝土の民〟どもが、随分やりますね。予想外でしたよ」

 ユリアスが最初に口にしたのは、侮蔑と称賛だった。

「だが、この戦いがどうなろうと私は死なない。また〈魂〉に乗り移って隠れていればいいだけ。馬鹿らしいと思いませんか?」

「馬鹿らしい戦いを仕掛けたのはお前だろう。〈魂〉とリウを収穫すると言っていた筈だが、もう目的は果たされたのではないのか?」

 カインが言い返してやると、ユリアスは笑顔を装う事を止めた。


「あの〝黒鬼士〟の邪魔のせいでコルヴァが動けず、想定より〈魂〉を集められていません。とはいえ私は、神剣と〈剣の神子〉の仕組みのもと、各国が対立するように社会を造った。実際、あなた方は何年も戦争を繰り返した。だから、このように手を取りあって対抗される筈では無かった。あの皇女が……もっと早くに殺していれば……」

 ユリアスは無機質に、淡々とした声色ではあったが、その中に悔しさを滲ませている。〝黒鬼士〟の邪魔。黒鬼士ディルがコルヴァを追っていたのは、ノア人の企みを止める為でもあったのだろうか。マキナによって国同士が協力関係になった事もまた、ユリアスにとって痛手となった様だった。


 ユリアスは口を閉ざすと、腰に提げた刺突剣を抜く。剣を構えるまでの動きは、手慣れたものだった。


「……私とて、ただの学者ではありません。さあ、殺してあげますよ」

 言い終わった瞬間、ユリアスが斬りかかった。カインは咄嗟に剣を構え、受け止めようとしたが、勢いは削げない。心臓を狙って刺突を繰り出された。カインは剣先を逸らして何とか凌ぐ。クリスティはカインから離れて距離を取るが、射ようにも隙が見当たらない。〝劫火〟やコルヴァが見せていた、あの人間離れした速さと同じだ。聖教者らしい見た目とは裏腹に、剣裁きも練達したもので油断できなかった。何度か斬り合ったのちに、カインが後ずさって一度退いた。


「よくそこまで動けますね。かなりましたから、普通ならば動けないはず。相当痛いですよね?」

 ユリアスがそう話しかけた時、突然カインが深く咳き込んだ。

「カイン!」

「ふん。お陰で、痛みをッ……思い出した」

 カインは話し途中に再び咳込んで、血を吐き捨てる。ユリアスは慈しむように優し気な笑みを向けた。


「苦しいですか? ここで私に勝ったところで、私には世界中に乗り移れる個体が居るのは、知っていますよね。何度殺しても、殺すだけ無駄。苦しみが意味もなく続くだけ。だからもう剣は棄ててしまいなさい。少しでも痛みを和らげながら、生きられます」

 ユリアスが語りかけてくる。法王として人々に行って来た説法と同じ、心根が侵されるような響きがあった。胎の奥底が脅かされるようで、離れているというのに、クリスティは僅かに怯えた。


 カインは、法王ユリアスを鋭く睨み返した。


「痛みが何だ? 俺達は騙されながら、傷ついたが……お前の企みを覆した。これからもそうだ。お前の思い通りになる世界は、もう終わったんだ。無駄じゃない……無駄ではなくなった」

 言葉の意を示すように、カインは握った剣の剣先をユリアスに向けた。


「……愚かですね。ならば、苦しみ続けてください……」


 ユリアスは冷淡な返答をした後、再び剣を手に飛んだ。カインは何とか受け止め、力ずくで弾く。今度はカインの方が剣をしならせ斬り上げると、ユリアスは平行に沿わせて受け流す。そして再度、刺突を繰り出した。これがカインの横腹を掠めて、血が噴き出した。しかし同時に、正面を空いたユリアスの上半身に対し、カインの剣が斜めに斬り降ろされた。身体を斬られたユリアスの顔が一瞬、苦痛に歪む。だがすぐに、憐れみの込もった笑顔が満面に咲いた。


 瞬間、カインは剣帯から神剣『ドゥリンダナ』を抜き、ユリアスの身体を刺し貫いた。ユリアスの身体は、剣が刺さった勢いのまま、背から後ろに倒れこんだ。床に仰向けのまま動かないユリアスに、跨るようにして剣を刺したままのカイン。しばらく肩を上下させていたが、ユリアスの表情を見て、異変に気が付いた。


「……たす……け……」

 これまで見せた事のない、死に怯える顔を見せた後、ユリアスの息は尽きた。駆け寄ってきたクリスティが、ユリアスとカインを交互に見て、失敗を悟った。


「カイン。ユリアスは……」

「これはユリアスじゃない。……元の、身体の持ち主の方かもな」


 クリスティが息を呑む。カインは口の中の血をもう一度吐いてしまってから、ユリアスの元から立ち上がって背後を振り向く。


 予感していた。これからが本番だと。

 そして思った通り、玉座に眠って倒れこんでいたロウの身体が、ゆっくりと起き上がるのを見た。

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