第65話 翻弄される命

 ミスティルテ付近での戦いを終え、北西戦線の面々に合流を果たしてから数日。フォルクハイム達はいったんは敵を制したものの、法王領軍と刃を交えた事で、敵の増援がやってくる事は間違いないと思われていた。また、北西戦線が頓着状態を打開し、前線を大きく進めた事で、新たに判明した事もあった。


「軍国アロダイトを中心として行われていた、奴隷貿易について分かった事がある。父上が各地で捕らえていた捕虜たちが集められていた。幸い、まだされてはいなかったが、つまり彼らをノアへ運ぶための中継地点として使っていたのだろう。奴隷貿易を認めていたこと自体が、奴らがリウを得る為の戦略のひとつだった、という訳だ」

 フォルクハイムに呼ばれ、司令部で共有を受けた〈剣の神子〉と、カイン達。ステラの従者として、彼女が掛ける椅子の傍らに立っていたベニーは、この話に顔を曇らせる。ノアに送られたら、その後は〈魂〉として聖地に流されるか、リウにされるか、の二択だ。もしあの時、カイン達に救われなかったら。もしくは出荷が早ければと考えると、寒気がした。俯くベニーに気付いたステラは、片腕で引き寄せて抱きしめてやった。


「今回こちら側でアロダイトを制圧出来た事で、いったんはこの流れを止められた。早くユリアスを止めなければ、いずれ同じように用意された中継地点から、捕虜たちがノアに移送されてしまう」

 フォルクハイムがそう続けると、おのずと皆の表情が陰る。ユリアスが持っている乗っ取りの力は、直接の子供であればどこに居ても操る事が出来る。イブ全土のどこにユリアスの手駒が潜んでいるのか、未だ予想もつかない状況だった。


「戦線も進めなければならないが、最悪、少数精鋭で本体を叩く事も考えなければ。うかうかしていると、別の勢力が生えてきて、背後を突かれると言う可能性も……」

 場の重苦しい空気に構わずフォルクハイムが話していた時、司令部の天幕に突如、慌ただしく兵士が駆け込んできた。東、つまりは法王領の方角に敵の影。予想通り、増援の軍が攻めてきたのだ。





 フォルクハイム達は軍内に呼び掛け、直ちに出陣した。前線に出たステラは、敵の一軍を束ね、先頭を歩く将軍の姿を見て愕然とする。


「アウレ……リア……」

 ステラが信頼を置いていた神官、アウレリアが、醜い笑顔を浮かべてそこに居た。


「ステラ。あれは、アウレリアじゃないよ。惑わされないで」

「あ……ああ、うん。そうだよね。うん……」

 クリスティがすかさず呼び掛けたが、ステラは動揺を拭えないようだった。当然だ。中身が違うと言われても、身体は本人そのものだ。そして、ステラにとっては大事な友人と、これから戦わなければならないのだから。


 アウレリアが何か指示を飛ばすと、後方の兵器から鉄の砲弾が飛んだ。砲弾は兵士達の列に落ちて、悲鳴が上がった。

「突撃!」

 軍の長たるフォルクハイムが叫び、両軍が激突した。帝国兵達は気勢を上げて戦い、ステラ達の軍も続いたが、ステラ自身は未だ受け止めきれない様子で目を泳がせている。カインとクリスティは傍で戦いながら、ステラの様子を見守るようにした。

「ステラ! お前、殺せるか? 殺せないなら俺が代わりにやる!」

 戦場の擾乱に負けないよう、カインが叫ぶと、ステラはすぐさま返した。

「やるよ」

 静かだが、決意の篭った声だった。カインはステラの覚悟のほどを悟り、それ以上は何も言わなかった。



 両軍の戦闘は、数日間を跨いで続いた。この日ステラが率いる軍は、一時的に戦線を押した隙に、頭であるアウレリアを叩くため進軍を強行していた。カインは、この動きには明らかなステラの焦りを感じていた。引き止めようとしても、敵味方が入り混じる中でなかなか叶わない。

 カイン達がようやくステラの姿を認めた時、彼女はアウレリア本人と戦っていた。相変わらず女性とは思えない力強さで、戦斧を振るうステラ。アウレリアは、戦いに不慣れな神官とは思えぬ身のこなしで、それを避けた。皇帝ハイデンベルグと同じように、アウレリアの身体をユリアスが乗っ取り、動かしているに違いない。


「くそっ、出ていけ! アウレリアの身体を返せ!」

 ステラは戦いながらそう叫ぶ。本来のステラの実力なら、一子女に過ぎないアウレリアを葬るなど容易いだろう。だが実質の相手がユリアスである事と、神剣を用いれば助けられるのではないか、という考えが、その斧を鈍らせていた。


「トリアの〈剣の神子〉、この身体が救いたいですか? アウレリアは、貴方と親しい仲でしたからね。何と、悲劇的な運命でしょうか」

 本来のアウレリアには全く似つかわしくない、挑発的な言動をぶつけてくる。それは余計に、ステラの怒りを燃え上がらせるが、一方で殺しきれない要因ともなっていた。

「ステラ!」

 カイン達は兵の中を掻き分け、何とか彼女たちの近くまで辿り着いた。だが、ステラの方は気づかず、その眼にはアウレリアしか見えていない。

「! カインさん……生きていたのですか?」

 アウレリアの中のユリアスは、カインを見て驚く。そこへ割り込むように三度、降られた斧を、ついでとばかりに避ける。


 すると、うんざりといった様子で呆れた顔を浮かべた。


「はあ。まあ、もう充分です。この身体が欲しいというなら、くれてやりますよ。ほら」

 アウレリアは途端、持っていた剣をくるりと回し、自分の腹に向かって突き刺した。

「アウレリア!」

 ステラは悲鳴に近い声を上げて、刺したまま後ろに倒れ込んだ、アウレリアの身体を受け止めた。あまりに突然の事で誰も止める事が出来なかった。カインとクリスティも慌てて駆け付ける。深く差された剣からどくどくと血が流れ出ている。ステラは泣きながら、傷の周辺を手で抑える。


 すると、アウレリアの一度閉じられた目がゆっくりと持ち上がって、狼狽える様に辺りを見る。

「……? ……ステ、ラ……様……カイ……クリス……さ……」

 ぼそぼそと、彼女の口からそう漏れた。

「アウレリア……! キミ、なの……?」

 ステラは身体を支えながら呼び掛ける。口調はアウレリア本人のものに戻っていた。この状況でわざわざ、周りの全員の名を呼ぼうとする所も、本人のように見える。アウレリアは、それ以上は声を出す気力もないのか、ぼうっとした目でステラを見るだけだ。ステラは大粒の涙を流していた。


「……助けられなくて、ごめんね……」

 ステラが懺悔のように落としたその言葉に、アウレリアはほんの薄く笑みを浮かべた。そして、徐々に瞼が落ちて行き、呼吸も消えていく。


「カイン……こんなの……」

 クリスティが、目の前で起きた出来事に言葉を失い、カインの衣服をぎゅっと掴んだ。カインの方も何も言えず、悔しさを嚙み殺す事しか出来ない。




 そこへ、投げかける様に声がかかった。


「その身体は差し上げますよ。代わりはまだいくつでも、持っていますのでね」

 場の空気が凍り付く。

 声を発したのは、法王領側の一般兵士。被っていた兜を外して見せた顔には、見覚えのある笑みが浮かんでいた。

「……ッ! 一体、何人子供が居て……!」

 カインがそう言った時、トリア軍の兵士がユリアスへ襲い掛かった。となった兵士は、粘っこく笑いながら、戦いの渦へと雪崩れ込んでいく。


「カイン……。キミは早く、法王領に向かって」

 ぼそりと、アウレリアの亡骸を抱えたままのステラがそう言った。カインはステラのもとに跪き、真意を問おうとしたが、遮るようにステラは続けた。

「こんなの、まともに相手するだけムダだよ。身体だけでも本体を倒さないと。……アウレリアの仇を取って! この戦線だけは、アタシが退かせないからさ」

 ステラは泣き続けていたが、両瞳がこちらをまっすぐと貫いた。彼女の眼からは力が失われていなかった。


「……分かった」

 カインはステラを残して立ち上がる。

「仇は取る。終わらせて必ず戻るから……また会おう」

 置き土産のような言葉を受けて、ステラは右の拳だけ挙げた。カインは自らの拳をステラに突き合わせてから、その場を後にする。


 法王領内に向かうとして、クリスティと二人だけでは以前と同じ事になりかねない。兵が必要だった。フォルクハイムと交渉する必要がある。


 そして、ユリアスの気まぐれとも取れる行動によって、命が容易く奪われたという事実。当然だが、ユリアスの子供であるロウの身体も、同じ危険があるだろう。その覚悟をしなければならない事に、ひどく苛立ちを感じた。

 

 カインの憂慮を遮るように、クリスティがカインの手を取って引っ張った。彼女が促すのに応えて、走り出した。

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