第64話 縒り寄せる因果
二軍に挟まれ、立ち往生しているカイン達。天幕の裏手、東側に構える法王領の軍勢は、いつ潰してやろうか、とせせら笑っていた。
夜分、〝雨〟が降って視界が悪い中で、法王領軍はカイン達が滞在する天幕を、音もなく包囲した。連日の〝雨〟のなかで、ここから浄化の力場が発生している──つまり、神子が居ることを確認していた。より安全に、より確実に仕留めようと動いたのだ。
だが法王領の軍勢は、天幕へ討ち入って驚愕した。そこには、フォルクハイムと神子数名を残して、誰も居なかったからだ。残っていた神子とフォルクハイムの手首に、神剣『トリアイナ』の欠片が輝いているのを見た時、法王領軍の兵は失敗を悟った。
そして、シャーロットの号令代わりの笛が鳴り響くとともに、西側から大軍が現れた。
あらかじめ法王領軍を欺くために、ステラの持つ神剣『トリアイナ』の欠片で浄化を行いながら、神子である者とフォルクハイムが天幕に残っていた。カイン達と本軍は、西側アロダイトへ進軍し、北西戦線の戦闘音と〝雨〟に紛れて奇襲をかけていた。アロダイト側は、〈剣の神子〉ステラが居ることに気付いていない。〝雨〟の中で一軍が動く為には、〈剣の神子〉の浄化範囲が必要なうえ、明らかに少人数のカイン達が、奇襲をかけるとは想定していなかったのだろう。
アロダイトは北西の帝国軍と挟撃されて瓦解し、降伏。そのままシャーロット率いる北西戦線の面々と合流したカイン達は、西へ戻って法王領軍を迎撃した。
フォルクハイムの戦略が、驚くほど上手く通った。一歩間違えば彼自身が死んでいたが、戦上手との自称は違いないようだ。北西戦線と合流したカイン達は、法王領軍を制圧することに成功した。
戦後処理が落ち着いた頃、北西前線を守っていた軍内にフォルクハイムが姿を見せると、兵士や傭人が皆、手放しで感激していた。北西前線でそれだけの支持を集めていたということが分かる。
「シャーロット!」
カイン達も再会の喜びに湧いた。クリスティがシャーロットに駆け寄ると、彼女もまた手をいっぱいに広げて受け止めた。
「クリスティ! 無事でよかった。お久しぶりですね。声が出る様に?」
シャーロットは、以前ニル=ミヨルで見た時より幾分晴れやかな表情で迎えた。前線指揮をしていただけあって、喋りもかなり滑らかになっている。
「そうなの! よく分かったね?」
「以前のあなたは、声を出す時とても辛そうにしていましたから。今はとても、自然にお話されていますよ」
カインは、ふたりがやり取りする姿を見ただけでも、あの時救った甲斐があった、と思わずには居られなかった。
「失礼します、〝金狼〟のカイン様。ご無沙汰しております」
そこへ、覚えのある声が掛けられて、カインは振り返る。北部エペト・グラム国の〈剣の神子〉のひとり、ラルフと従者たちだった。隻脚のラルフだが、聞くところによると、前線に出て器用に馬を乗りこなして戦っていたのだという。ラルフは以前に見た時と同じ、含みのある笑みを見せる。だが流石に強行軍だったのか、疲労は透けて見えた。
「あなたに、渡すものがあります。マキナ様から託されました」
「マキナ……から?」
ラルフの口から思わぬ人物の名が出たので、シャーロット達もフォルクハイムも、血相を変えて近寄って来た。皆が固唾を呑んで見守る中、ラルフの従者がゆっくりと差し出したのは、鞘に納められた古い剣。だが、その剣の柄や柄頭には、見覚えがあった。
「神剣『ドゥリンダナ』だそうです。使う事になるだろうと仰っていました」
差し出された剣を、カインが受け取る。それは、以前に北部への航行中に立ち寄った、〝雨〟に降られて滅亡した国、ドゥリンダナの神剣だった。
「……! カイン。それ、ユリアスに使うんだよ、きっと」
「何? どういうことだ」
クリスティが、北東戦線で黒鬼士・ディルに言われた内容を説明する。傍らでは、フォルクハイムが話を頭に入れながら、全く別の事を考えていた。
(マキナ。お前は、法王を討つ役目を彼らに託したのだな。ならば、私は……。)
マキナが赤い首飾りを見せながら、ノアの〝協力者〟について話したのは、八年前の事だった。未来、《神子殺し》によって次々と滅ぶ国と、父である皇帝の狂乱、戦火によるイブの崩壊。信じがたい予言に、フォルクハイムは、同席したクレフェルドとともに驚愕していた。作り話とも思えたが、実の妹がわざわざ子供っぽい嘘をつく人物ではないことは、二人ともよく理解している。赤い首飾りを渡した人物──〝協力者〟を信じて、協力してほしい、というマキナの頼みを信じてやることにした。
フォルクハイムは、マキナが父から冷遇されながらも、国の未来に向けて策動している事を知っていた。何とか妹を救えないかと考えていた。だからこそ、一刻も早く皇帝の座を継ぐべく、ひたすら功績を積み続けてきたのだ。マキナの命が奪われた今、フォルクハイムは意思を継いで、必ずこの戦いに勝たねばならない。
「……なるほどな。じゃあ神剣を身体に刺すことさえ出来れば、勝ち目はあるか」
カインが言うと、クリスティは深く頷いた。
「そうか。マキナ様はそのつもりで……」
ラルフも納得したように呟く。そこへフォルクハイムが口を挟んだ。
「ラルフ。エペト・グラムの民はどうした? 大砂漠に避難していて、お前達が彼らを纏めていたはずだろう」
「それがですね、大砂漠で、思いがけない協力者が現れまして。私一人なら動く余裕が出来たのです。ナズの隠れ里の人々が、協力を申し出てくれました」
カインは目を丸くした。大砂漠のナズといえば、以前にクリスティの荷物を奪って逃げ込んだ少年が居た、隠れ里の事だろう。自分達とは大した話はせず、むしろ険悪な空気になっていた。
「故郷を無くした者は、等しく仲間だからだそうです。妹の傍には騎士達も居ますし、そちらは心配無用です」
付け加えてラルフはそう話した。エペト・グラムもニル=ミヨルと同様、表向きは帝国のものとなっていた。つまりは故郷を奪われたという身の上になる。フォルクハイムが理解を示す一方、カインは何とも複雑な心境となって、眉間に皺を寄せた。
「キミ達。表面上とはいえ、故郷を奪った国に協力してるの?」
興味津々といった様子で、やや無理やりにステラが割り込んできた。
「はい。元々マキナ様とそのように密約を交わしておりましたので。代わりに、戦後の復興、支援も約束いただいてますので、異存は在りません」
ラルフがそう答えて、隣に立つシャーロットも肯定するように頷いた。マキナは、一体どこまで予見して動いていたのだろう。カインは、マキナに導かれて旅した全てが、今この場に繋がっているように思えてならなかった。
「なるほどね。じゃあ〈剣の神子〉同士、協力して戦おう。ユリアスに勝つぞ!」
「はい、トリアの勇ましき〈剣の神子〉。どうぞよろしく」
「宜しくお願い致します」
ステラ、ラルフ、シャーロットが、手を取り合った。ふだん〈剣の神子〉として行動を制限され、外界と断絶されている彼ら。その〈剣の神子〉が三人も同じ場に集まっている。こんな状況になるのは、イブ世界では初めてだろう。
マキナに導かれて、手繰り寄せた人々の団結が、今この戦いを続けるための原動力となっていた。
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