第43話 神官アウレリア
緊張が走る両者を見かねてか、アウレリアが法王ユリアスに向かって口を挟んだ。
「猊下。また悪い癖が出てますよ。なんでも知ってる風を出して、相手を萎縮させるやつ。しかも、何が言いたいか分かりません。そのうえ怪しい」
「ええ、本当ですか? これは失敬。法王らしくないと、よく神官達にも注意をされてしまってまして。申し訳ありません」
アウレリアは予想外に不躾な言い方で法王ユリアスに注意した。ユリアスの方も気にした様子はなく、ただただ申し訳なさそうにしている。これにはカイン達は呆気に取られてしまうが、場を取り持つように、ユリアスがごほん、と咳払いをした。
「つまりですね。大戦での行いも含めて、あなたが放っておけないと判断したならば、とうに我が教会の精鋭を遣わせて止めています。あなたはただ笑っているだけで、楽しみたいから殺しているわけではない。クリスティ殿を護る過程でそうしていて、その最中に気が昂って人格が変わってしまう事がある。そういう事でしょう。ならば、その衝動を抑えればよろしい。特効薬はありませんが、精神の興奮を抑える煎薬になら心当たりがあります。そちらをお教えしましょう」
「……本当ですか、猊下。感謝します」
カインは椅子に掛けながらではあるが、胸に手を当てて礼をする。ユリアスは、企みのありそうな老獪さや得体のしれない顔を見せたが、今は聖職者然とした朗らかな表情をしていた。その顔から、再び言葉が紡がれる。
「後は、これから南部に戻られるのでしょうから、学術都市に寄られるのはどうでしょうか? あそこには年代の古い史書や、医療書があります。何か手助けになる物があるかもしれませんよ」
ユリアスの言う通りだ。カインはその考えが抜けていて、確かに、と呟いた。
「学術都市って……」
クリスティは、不安げにカインに聞いた。
「そう。コラーダだな」
カインはそう言って、頷いた。
大聖堂で、法王ユリアスとの対面を終えた後、法王領内で宿泊をしたカイン達。翌陽が昇ると、クリスティは駱駝にまたがり、カインはその横に立ち、法王領の入口付近にてアウレリアの見送りを受けていた。
「世話になったな」
「いえいえ、お役に立てて良かったです。旅の中では煎薬は難しいかもしれませんが、どこかへ立ち寄られた際になどお試しになられてください」
カインが礼を言って、満足げなアウレリアが笑った。トリアに居た時からだが、ステラの言う通り生真面目で、人の役に立つことを心から望んでいる様だった。
「……アウレリア。お前は、俺をどう見る? 教義には明るくないが、神官であるお前は、殺しを良しとしないだろう? どうしてそこまで協力する」
不意にカインから問われて、アウレリアは驚く。少しだけ迷うようにしてから、話し出した。
「私は、代々ユリアス様を襲名している血筋の、分家の出身でして。ユリアス様の後継者候補として期待されて生まれて来ました。後継者になるためには、神子で、青髪で、青い瞳をしている事が必要です。しかしこのように全く、条件外の見た目で生まれてしまいました。実母はそんな私を激しく痛めつけ、私は生きる希望を失ってしまった。そんな時に、今のユリアス様が、お声を掛けて下さったのです。その時に、この方にお仕えせねばと思い立って神官になりました」
アウレリアは、自らの手首あたりの褐色肌に視線を落とす。
「……人間には領分があります。母が私を許さなかったように。ラフェトゥラの人々が、家族を守るために侵略をしたように。我々の教義では、『人を殺してはいけない』とは教えません。『愛する者を大切にし、隣人も同様に愛しなさい』と教えます。人が時に殺し合うのは、この〝雨〟降る世で生きる為に、起き得てしまう事。愛するからこそ、それを護るために殺し合うのです。カイン殿も、同じです。本当に殺人鬼なら、わざわざ治そうとしたり、こうして悩んだりしないでしょう。ですから、私は隣人としてあなたを愛し、救います。あなたの痛みを私も少し支えます。それが神官というものですから」
アウレリアはカインを正面から見つめ、鼓舞するように言い切った。カインは納得したように頷いた。
「アウレリア、有難う。柄じゃない言い方なんだが……迷いが晴れた気がする」
「そうですか。私も、あなたのお役に立てて光栄です。聖職者としてこれ以上ない事ですよね」
カインの返答を聞いてアウレリアは、嬉しそうに笑顔を見せた。端から行方を見守っていたクリスティの眼にも、カインは調子を取り戻しているように見える。アウレリアの慈悲深さに感謝した。
法王領を後にし、南部へと向かう中。クリスティは駱駝に乗りながら、カインに声をかけた。
「これから、どうする? 神剣『アルマス』は、行方が分かったから。どこへ向かうの?」
「俺はコルヴァを追いたい。あの日何が起こったのかは分かった。が、何故滅ぼされたのかは未だ分かっていない。その答えは、あのコルヴァとかいう男が持ってるだろう。クリスティ。お前はどうだ?」
カインはいつも通りの平坦とした顔で聞いた。それが“殺人鬼”を封じるための努力であることも、彼女は知っている。
「うん。まだ何も知らない。本当に知るべきことはこれからだよね」
クリスティは同意した。危険が伴うのは勿論だが、カインはもう自分を止めようとしない。ならば自分も共に戦うべきだ、と思った。
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