第42話 ユリアスという男

 ユリアスは頭を下げたふたりをみて、何故か首を傾げた。


「……とても私を警戒されている様ですね? 分かりました。まずは、腹を割って話しましょう。楽にしてそちらにお掛けください、私も掛けますので。アウレリアも」

 カイン達がまだ名乗ってすらいない中、そう言った。するとユリアスは宣言通り、椅子に腰かけると、ゆったりと寛いでふたりを見る。


「私はこのように、ただの人間です。いつでも刺し殺せます。ですので、なんでもお話ください」

 ぱっと両の手をこちらに開いて、いつでも殺せる、を現す身振りをするユリアス。カイン達は少々面食らいつつ、言われた通り椅子に座った。くすくすと笑っていたアウレリアが口を開く。


「猊下、カイン殿は、賊に襲われるなどして戦う際、別人のような人格が表出してしまうそうです。笑顔になって残忍に殺そうとしてしまい、そして自身には記憶が無いと……。こういった症状に対して、何か治療の方法などご存じないでしょうか?」

「ふむ?」

 ユリアスは、顎に手を当てて思案しながら、カインの事をじろじろと見ている。カイン達は名乗る時機をすっかり失い、すっかり彼らのやり方に乗せられていた。


「我々の教えでは、人間というものは魂によって人格が決まる、と言われておりましてね。〈剣の神子〉の力も、同じく魂の力によるものだ、と伝えられています。その力を我々は〝リウ〟と呼んでいます」


 突然、症状とは関係のなさそうな話が始まったので、カインは怪訝な顔をする。 ユリアスはそれを見て、またにこりと笑い、話を続ける。


「それで、ですが。聖ユリアスの子孫は皆出来る……のか? は分からないですが、私は〈魂〉の色というか、こういう方なのだな、というのが何となく分かります。確かに、カイン殿は苛烈な面と、風のない砂漠のような静かな面をお持ちで、それが半々のように見えています」

 そう言いながら、カインの事をいろいろな方向から見ては、うーんと唸るユリアス。


「……カイン殿の本来の気質は、なのでしょうね?」

 その言葉に、カインは目を見開く。自分自身、その答えを持っていない。


「猊下。カイン、は……」

「いい、クリスティ。俺が話す」

 クリスティが焦って口走ろうとしたことを止めて、カインは、答えの代わりに自身の過去について話し始めた。


「私は十三年前の大戦時に、ラフェトゥラの人々を虐殺しました。それも当時自覚はありませんでしたが、笑顔で殺しを……。現地の人々には、間違いなく恨まれているでしょう。俺の本質は、つまり……」

 カインは自らにも言い聞かせるようにしながら言葉を選んでいた。クリスティから見ると、カインは自らの犯した過ちに話が及ぶと、気持ちを堪えているようだった。やはり、先日ディルから伝えられた言葉による傷は、まだ心の内に影を落としている。


 しかし、ユリアスが次に話したのは、予想外の内容だった。


「カイン殿とクリスティ殿。我々の情報網を甘く見ていらっしゃいますね。過去の大戦で、またそれ以降の各地での奮戦で、あなた方がどのような生き方をしてきたのか……。私たちは把握しているのです。この大陸に住まう我が信徒が、すべてを見ています」

 ユリアスは、カインの独白を熱心に聞いた後で、まるで脅しのようにそう言い放った。ふたりに浮かぶ、まさか、という反応を少しだけ楽しむように、にやり、という含んだ笑みを浮かべる。


「今のは冗談です。とはいえ我々は、大戦がどのような様相だったのか、把握しているのは事実です。それと、あなた達は帝国と繋がっていますよね? あの、マキナ、という皇女に気に入られましたか。いや、皇帝かな」


 その言葉を聞いた途端、これまで忘れていた警戒心が一気に立ち戻った。

 全て知られている。

 カインは剣をすぐ抜けるように鞘とともに構え、クリスティは弓を持とうとしたが、動揺して手元から落としてしまう。弓矢を取り落とす、がしゃん、という物音が大聖堂に反響して響いた。


 仮にも武器を向けられそうになっている状況でも、法王たるユリアスは、のんびりと腰を落としたまま。聖堂の神官たちも、アウレリアも、こちらを確かに見ているのに、じっとしたまま全く動かない。不気味だった。


「ああ、落ち着いて下さい。危害を加えるつもりは毛頭ありませんよ。あなた方は兵士ではないので、どこで誰と繋がっていようとそれは自由です。……帝国といえばあの皇帝、一体何歳なのでしょうね。私の記憶が正しければゆうに五十年以上は生きているはず。巷では、《神子殺し》が臓器を喰いに来る、なんて言われていますが、彼も人の生き永らえているのでしょうか? くくく……」

 ユリアスはこれまでと違った、老獪にも思えるしたたかな表情を見せた。


 ユリアスが言った『五十年以上の年齢』は、大陸に生きる人々の常識から外れた年数だ。一般に寿命は長くても四十年程度。カインは現在二十七歳だが、これでも長命に入るので壮年という認識をされる。人々は盗賊や隣国との紛争、病、飢餓、様々な理由で死んでいく。

 たとえ神子であっても、〈剣の神子〉に選ばれれば五年しか生きられず、また欠片を使用するためか、寿命は四十年程度と変わらない。


 ユリアスの言葉によって、味方と思い込んでいた、帝国皇帝ハイデンベルグの隠れた一面を突き付けられた。恐らくは、大国同士で対立しているがゆえの敵対感情も有るのだろうが、あの皇帝に従っていて良いのか? という問いかけも兼ねているのだ、とカインは受け取った。



 するとユリアスは、先ほどまでの慈悲深い笑みを向けてきた。そして、手で再び座るように促される。ふたりは迷ったがいったん椅子に戻る。


「すみません、話が逸れました。実は、一〇〇〇年前の聖ユリアス降臨の時代から、我々ラ・ネージュはラフェトゥラ国と交流があります。元は狩猟を主な資源としていた彼らが、〝雨〟のなかラフェトゥラ島の限られた国土で、命を紡いでいくことは至難だろうと聖ユリアスは考え、支援を行ってきたのです。以降も、年に数回程度で交流があったそうですが、十三年前は世界全土で飢饉に襲われ、支援をする余裕が持てなかった。その結果、生きるために彼らは侵略を行い、あの大戦を引き起こした」

「……」

 ユリアスの語る話は、嘘ではなさそうだった。どのようにしてかは不明だが、本土から離れたラフェトゥラ島と交流があるというならば、帝国と同じようにを所有している可能性もあった。

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