第39話 〈剣の神子〉ステラ

 〝黒鬼士〟ディルの背を見送って、陽が昇った。〝雨〟が去ると、水の都と呼ばれる美しい街並みが、その姿を見せた。意匠まで拘りのみえる建築。街中を流れる水路が、日光を浴びて柔らかく光っている。


 カイン達は予定通り、〈剣の神子〉ステラが居る、要塞へと向かっていた。カインは昨晩の出来事の直後は憔悴していたものの、クリスティの眼には今朝は持ち直しているように見えた。道すがら、住居の瓦礫の山が目に入る。ディルとコルヴァの戦いで壊されてしまったものだろう。そこから少し歩けば、要塞は目の前だった。カインが、門を護る兵士に声を掛ける。


「アルマスのカインだ。ステラに取次を頼めるか」

「アルマス……ああ! 問題ないです。どうぞ」

 兵士はこちらが名乗っただけで、易々と道を通してくれた。礼を言って、要塞へ足を進める。

「随分と、あっさりでしたね……!」

 ベニーが、クリスティにこっそりと耳打ちしてくる。

「実は、三年前から、何回か来ているの。なので兵士には大体、知れている事よね」

 彼女もまた、小声で教えてやる。同様に城塞の中でも数人の騎士達とすれ違ったが、彼らも何も言わなかった。


 カインがいつも以上に静かなせいでそう感じるのか、他国で訪れた要塞や王城に比べると、随分と早いうちに、〈剣の神子〉が居る部屋に辿り着いた。美しい花弁が描かれている扉を押し開けると、女性二人がまるで世間話をしているように、だらりと立っていた。

 片側の女性はクリスティの髪色と似た、梅鼠色うめねずいろの髪を持ち、格好は騎士達と同じ鎧姿だ。もう一人は、法衣を纏っているので、神官と思われた。


「ステラ、邪魔するぞ。元気そうでよかった」

「カイン!」

 梅鼠色の方が、カインを見るなり猛烈な勢いで駆け出し、抱擁した。これを見たベニーは呆気にとられたが、クリスティは苦笑いした。先ほど話をしていたもう一人の女性の方も、にこにこと笑っている。見慣れているのかもしれない。


「会いたかったぁ~‼ 三年ぶり? 昨日手助けしてくれたって聞いて本当に……ああ! クリスティ‼ 元気そうだね! あれ、声出るようになった? あれれ? キミはキミは??」

 抱き着いたと思えば絶え間なく話し続け、さらにクリスティに気付いた途端にそちらにも抱き着く。と思えば、今度はベニーに気が付いて、彼にも話しかける。全く振る舞いに落ち着きがないが、これが彼女、ステラの通常運転だ。


「えっと……」

 初対面のベニーだけが、大いに狼狽えている。カインはステラに向かい、犬を引き止めるように手で待て、をした。

「ステラ、待て。そっちの神官は初めてだな。俺はカイン、この子は俺の連れでクリスティ、そっちはベニー」

 紹介を終えてから向き直ったのは、神官らしきもう一人の女性の方だ。

「ありがとうございます。私は、ラ・ネージュ法王領からの遣いで、神官のアウレリアと申します。お話はかねがね」

 くすくすと笑いながら、女性は名乗った。短い青髪と褐色肌、眼鏡を掛けている。顔の雀斑そばかすが目を引く。


「あ、アウレリアは神官だけど、信用して大丈夫だよ。信仰一本の生真面目だから! 仲良いんだ。キミらが居るとは聞いてたから来るかなと思ってたけど、彼女もちょっと用事があってね」

 ステラがクリスティを抱きしめ、その頭をしつこく撫でながらも補足を述べた。クリスティはむずがゆそうな表情をしている。

「そうか。彼女の要件はいつ頃終わる?」

 カインが聞くと、ステラが喋る前にアウレリアが口を挟んだ。

「ああ、それでしたら、私はいちど席を外します。どうぞ、お気兼ねなくお話くださいませ。また一刻ほどしましたら、戻ってまいりますので」

 アウレリアは全く気に留めない様子でそう言うと、にこにこしながら部屋を去っていく。正直、信用できる人物といっても神官、法王領に聞かせられない話もあるため、有難い気遣いだった。


「ほうほう? 一体どうしたの?」

 ステラは、ようやくクリスティから離れて立ち上がると、真剣な面持ちになる。カインは、砂漠の隠れ里に関してから、昨晩の戦いまでの詳細を、ステラに説明を始めた。

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