第20話 “血の皇帝”ハイデンベルグ
「まず、先日戦ったという〝黒鬼士〟と、『コルヴァ』なる人物について聞かせろ。カイン、貴様はこと戦闘においては化け物じみた戦いをすると聞いているが、やつには手も足も出なかったと?」
カインはまず、なぜそれを知っているのか?と考えたが、皇帝に直接質問はせず、マキナに目線を送ると、軽い調子で答えが返ってきた。
「ニル=ミヨルに居る間に、先んじて兵に文を送って貰ったのさ。父上に早めに報告しておきたい話だったから」
悪びれなくそう言いのけるマキナ。彼女に頷きを返してから、カインはハイデンベルグ帝に向かって口を開いた。
「はい。私には大した戦いは出来ませんでした。『コルヴァ』についてはいつの間にかその場に現れ、〝黒鬼士〟の剣が当たってその存在を知った、という具合です」
「ふむ……」
ハイデンベルグは少し思案したのち、再び話し出す。
「マキナのように、各地に放っている我が子ら・臣下から、奴らの動きについて報告を受けている。〝雨〟とともに現れ、〈剣の神子〉と町中の神子を襲って、国を滅ぼす。奴らは大陸中で動いているようだが、南部でもアルマス以来、四つの国が消された。憎らしい事だ。」
皇帝は苦々しい表情を浮かべている。南部の強大な支配者でもあり、守護者でもある帝国としては、手の及ばぬ所で国々が滅ぼされてしまい、歯痒い部分があるのだろう。
「だが我々は、〈剣の神子〉殺しとは〝黒鬼士〟である、と睨んでいたが、実のところは『コルヴァ』という者も居たのだろう?ならば、真に《神子殺し》を行っているのは『コルヴァ』なのではないか?」
「あり得ます。〝黒鬼士〟は、ニル=ミヨルで〈剣の神子〉に刃を振るった一方で、『コルヴァ』と戦っていました。」
カインの答えた内容に、皇帝は顎に手をやり、若干の間沈黙する。
「……貴様らは、この大陸の成り立ち、そして我がエルムサリエ帝国と、法王ユリアスの対立が、如何様にして起こったか知っているか?」
その問いに対しては、カインは首を横に振る。アルマスに居た頃はアルマスの事しか知らなかったように、〝雨〟の下で国同士の交流は旅商団の行き来に限られている。他国の歴史など知る機会が無い。すると、皇帝は親切にも説明を始める。
大陸は形状としては逆三角形に近く、その中心にぽっかりと巨大な円状で、聖地レ・ユエ・ユアンが存在する。南部と北部の移動には、レ・ユエ・ユアンを避けて東西どちらかに大回りする必要があるため、南北間の交流は少ない。
大陸南部は、帝国直下の地域以外ではそれぞれの国や町の自治制だ。数年前に大陸東側の島国・ラフェトゥラ島から侵略戦争を受けた影響でいまだに治安が悪く、小競り合いが絶えない。大陸北部は、過去には殆どがラ・ネージュ法王領の国土だったが、〝雨〟の被害や幾度の戦争が重なって勢力が衰退し、現在は北端のみを領域としてそれ以外は各地自治という形を取っている。しかし、いちど聖教国の支配下となった事で、民の間に信仰心が根強く残り、影響力は未だに北部全域に及んでいる。
帝国の古い史録によれば、〝雨〟が降る前のイブ大陸は、南部と北部を二国のみに分かれて治められ、両国の仲も良好だったようだ。というのも二国の首長はもともと親族で、血の繋がりがあったのだ。
しかし〝雨〟が降りユリアスが降臨した後、北部を治める王族はユリアスと親密になった様子があったが、ある時期から次々と姿を消していった。親族たちの便りが全く途絶えた頃、ユリアスが法王として祭り上げられ、法王領ラ・ネージュが興る。彼らは次々と信者を増やして勢力を拡大し、北部を支配するようになった。
この動きに対して帝国は警戒を強める。互いに一触即発の状態から、ついに戦争となった。第一次北南戦争は〝雨〟に翻弄されて互いに疲弊し、取り決めもなく頓挫する結果となったが、それ以降、二国の対立は今に至るまで数百年間続いてきた。現在、ラ・ネージュ法王領を治める者――王族であり、帝国の親族であった人間を消し去ってなお、領民の誰にも反意を持たれない、聖ユリアスに連なる者たち。
帝国の皇族らは、彼らから国を守るための自衛策として、民に『誓い』を命じた。これが現在まで受け継がれ、アダマス交易区以降のケラウ居住区・アイギス宮区には、『誓い』のない者は入国できない仕組みとなっている。
「――だが、我は先ほどの『コルヴァ』に同種のきな臭さを感じる。〝雨〟の日に現れ、人知れず〈剣の神子〉と国を殺す。ラ・ネージュ法王領の者どもが過去、我らが血族に行った動きと、似通った何かをな」
皇帝ハイデンベルグはここまで淡々と語っていたが、ラ・ネージュ法王領に関する内容に入ると怒りを隠さない。一〇〇〇年に渡る確執は、皇族とあっても感情を波立たせるものであるようだ。
「然れば、帝国人民の為、そしてこの大陸の行く末を守る為にすべき事は一つだ。我はいま臣下たちに、〝黒鬼士〟と『コルヴァ』の首を狩ってこい、と命じている。奴らの首に賞金をかけ、《首喰い》共も使うつもりだ。カイン、貴様も奴らのうちどちらかでも首を獲れば、褒美をくれてやろう」
立場を鑑みれば当然の事だが、ハイデンベルグ帝からはカイン達の意志に関係なく、話を進められてしまった。ただ、この皇帝ですら〝黒鬼士〟と『コルヴァ』の存在を、相当に危惧している様子であった。
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