第8話 旅商団との出会い

 ふたりが辿り着いたのは、旅商団りょしょうだん(キャラバン)が滞在している宿泊施設だった。リットゥは交易都市と呼ばれるだけあって、多くの旅商団がこの街を利用し、商品を売買している。

旅商団の宿は、団員らの足となっている駱駝らくだ騾馬らばを休ませる為に、街の出入り口付近に構えられている。ここへは旅商団に参加したい者や商人達も足を運ぶ。住人たちが暮らす大通りとはまた別に商業が発展していた。


 カインはクリスティの手を引きつつ、旅商団それぞれの様子をちらちらと眺めながら、宿の中を進む。すると滞在している団の一つに、金髪の若い男が団員に声をかけ、指示を飛ばしている団があった。カインは金髪の青年に近寄り声をかけた。


「ハラ・ダヌまで同行したいが、受け入れてもらえるか? 用心棒くらいは出来る」

 金髪の青年は、突然現れ、同行を申し出たカインにやや驚いたが、真向に見つめてから申し訳なさそうな顔を作った。


「悪ィ。今受け付けてないんだよなァ」

 その口調は一見、心から残念そうな音色を持っているのだが、その眼は何かを訝しげに探っているのが読み取れた。怪しまれる事自体は珍しくはないが、この金髪の男は特に警戒心が強いようだ。これだけ不審がられているならこの旅商団は難しい。


 分かった、と伝えてこの場を去ろうとした時、思いがけない横槍が入った。


「待って待って! そこのおふたりー!」


 高い女性の声が響いて、金髪の青年は勿論、宿を往来する人々もびくりと驚いていた。女性は騾馬たちの後ろからひょっこり現れて、小走り気味にこちらへ回り込んできた。


 燃えるような長い赤毛だ。小柄だが、眼下から覘く藍色の瞳からは、底知れない胆力を感じさせる。赤毛の女性はカインの前に立つと、観察するようにじろじろと視線を向けてから、にやりと笑った。


「ウチの旅商に入りたいって? いいよ。ちょうど腕の立つ護衛が欲しかった所だ」

「え? ちょっとォ姐さん。ウチは、よその人間は……」

「まあまあ」

 これまでと真逆の言い分を使われ、金髪の青年は多いに動揺していた。だが女性は、片時もカイン達への視線を離さないままに、青年を制した。


「大丈夫。ここ団だからさ」


 そう言われて、カインは女性の態度に納得がいった。旅商団は、大陸中の各国の交易、通信を一手に担っている存在だ。交易を行うには〝雨〟の降る地上を行き来する必要があり、当然ながら、神子や神剣の欠片が必要となる。そうなると、神子と欠片、積み荷を狙った盗賊団などの略奪・暴行の危険があるため護衛が必要になる。

 

 旅商団はこういった設備投資に手がかかる事情から、国や街、または豪商のような位の良い者達が出資する事で成り立っている。この女性は、細身で美人と呼べるような顔立をしているが、上下同じ臙脂色の羽織に白い襯衣しゃつを着ており、この辺りでは見掛けないような高貴な身なりだった。彼女が出資者と言われて理解はできる。


「歓迎するよ、後ろのお姫さんもね」


 女性は、蛇のように柔らかく身を乗り出して、カインの背に隠れていたクリスティに向かって言った。当のクリスティは一瞬びくり、と驚いたが、何も言わなかった。


「帝国まで行く予定だけれど、ハラ・ダヌまでで良いのかい?」

「ああ、助かる。よろしく頼む」

 女性はそれだけ聞くと、傍らではらはらと行く末を見守っていた金髪の青年に肩を回し、そのまま彼を引き摺るようにして、騾馬たちの後ろに消えていってしまった。

まだ名前すら聞いていないが、少し変わった気質の女性のようだ。


「……なあ、ウチに入るって? またお嬢の気まぐれかな。明日の朝に出るから今夜はゆっくりするといいぜ」

 そばで話を聞いていたらしい、別の団員が声を掛けてくれる。彼に有難う、と返してから、カインはクリスティの手を引いて周囲を見渡して落ち着ける場所を探しに行く。


「金髪金眼の子連れ……あいつ、まさか〝金狼〟か?」

 団員の彼は、カインが子どもを連れて歩いていくのを見てから、ひとり呟いた。




「クリスティ、大丈夫か?」

 旅商宿の中はそれなりの広さがある。歩き回りながら声をかけると、クリスティは小さく、ん、と答えた。

 ふたりが《首喰い》に狙われ、こうして逃避行をしなければならなくなったのは、三年前に故郷アルマスが"雨"の中に消えた日からだった。時々こうして旅商団に紛れて路銀を稼ぎつつ、追手を撒いている。旅商団が国や街からの出資で成り立っている以上、国からの報奨金を食い扶持にしている《首喰い》から手出しされにくい。


 やがて宿の片隅に腰を落ち着けられそうな場所を見つけ、クリスティを座らせる。カインは何も言わずに立ったままなので、クリスティが首を傾げると、一言だけ呟いた。


「菓子は?」

 クリスティは はっ、と数刻固まったのち、懐から折り線の増えた包みを取り出す。座ったままだが、やはりカインに背中側を向けて、ようやく得た至福の時間を味わっている。

 カインは視線だけ逸らしておく。僅かな間であっても、この時間だけでも少女らしい振る舞いが許されるように、彼はそうしていた。

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