scene(9,Ⅰ). getFilesByName("本当の姿");

【塔】全体を襲った次なる異変は、【塔】に関わるエルドグラムが停止したことだった。照明や自動運転システム、ロボット、三次視像、浄水雨などのあらゆる機能が停まり、わずかに動けていた生身の人々と機械たちも、足を止めざるを得なくなった。

 上層階では全てを覆い尽くしていた三次視像、香調が消えた。あれほど煌びやかで清潔だった大都市。白壁の角ばった建物だけが延々と並ぶ中に、薬品の異臭が漂った。


「何だあれ? 禍々しい……」「お、終わりだ……」

 特に住人たちが怯えたのは、空の色だ。霊粒子支配エルドハックによって地面に寝転がされた住人たちは自然、上空を見上げる形になって、三次視像に隠されていた真の姿を見ていた。

 黒。灰。紫、赤茶、緑、濃く変わって深緑になり、赤になり──禍々しく醜い彩の中を刻一刻と変化していく。三次視像で映し出される澄んだ空とは、似ても似つかない。碧天を泥沼が覆いつくしているかのような光景に、皆は絶望した。

「これって、三次視像が消えてるんじゃないのか?」

「警戒用ロボット達も止まってる。軍部で何が起きてるんだ?」

【塔】の真の姿を見て、住人たちの間には疑念が広がっていた。軍部は一体何を隠しているのか。ロボット達に住人を殺させてまで何を追っているのか。



 そんな中、ぽつり、と鳴って地面に刻まれる、雨滴の跡。



「あれ、これ雨……?」

「……SARPサープだ! 浄化システムも停止しているんだ!早く、早く屋内へ逃げろ!」

「動けない! 助けて!」

 人々の間にパニックが広がっていく。普段は三次視像と防護壁、浄化システムによって存在すら忘れ去られているSARPだが、【塔】の外では現役だ。エルドグラムが止まった今、上空を膜のように覆っている防護壁を溶かして、降り注ごうとしていた。



「ユリアス、マズいんじゃないのかい? SARPが……」

「分かってる。だけど堪え時なんだ。霊粒子支配エルドハックを解かせる為には、今は動けない」

 ボスと護衛たち、そしてヴァンテは、〈フォロ・ディ・スクラノ〉管理司令部、管制室内にいた。【塔】のシステムは、管制室にあるものがメインシステムだ。サティが総督たちを管制室から連れ出し、兵士達が霊粒子支配をされて動けない間に、ヴァンテ達が管理司令部に侵入した。人の命を軽視する総督スクラトフに対して、ヴァンテは【塔】設備全体を人質に取ったのだ。


 このまま放っておけば、人々はSARPの餌食となるだろう。

 ヴァンテには予感があった。スクラトフは自分自身の〝安全で潤沢な暮らし〟にこだわっている。SARPから逃れるために『魂』を消費させているほどだ、SARPに侵された後の【塔】で生きるくらいなら、霊粒子支配を解くことを選ぶはず。サティのもとから管制室に戻るとしても、それなりに時間がかかる。ヴァンテは【塔】のエルドリウムをすぐ復旧できる体制にしたまま、耐えた。ヴァンテとスクラトフの根競べだ。

 停止してからしばらく経っても、霊粒子支配は解かれない。上層階の人々の悲鳴が耳に届くたび、ヴァンテの手が震える。本当にすまない、と、心の中で何度も詫びた。総督側がどう出るかと待っている時間は、永劫にも長く感じた。


 上層階全体、また管制室内で倒れていた者達のあいだで俄かに騒めきが起きる。兵士達がゆっくりと立ちあがり、動き始めた。霊粒子支配エルドハックが解けたのだ。



「動くな!」

 当然ながら、ヴァンテとボスは、管制塔内で倒れていた兵士達に銃を向けられる。ヴァンテはすぐさま【塔】のエルドリウムに干渉して、システムを復旧にかかる。

「少し待って。いま復旧してる」

「手を上げろ!」

「無理だ!」

 ヴァンテは珍しく強く拒否を示して、連れていた支援ロボット二機に威嚇射撃をさせた。兵士は少しだけ驚いた様子を見せたが、ヴァンテ達が不利な状況。臆せず、銃を向けて近付いてくる。

「おい、ユリアス!」

「大丈夫」

 ボスが銃を持ちながら呼びかけたが、ヴァンテは余裕の表情で頷いてきた。

「はあ? 参ったねこりゃ」

 兵士は至近距離まで迫っている。ボスはどうしたものか、と肩をすくめてから、兵士を撃った。全く迷いのない判断にヴァンテは感心した。


 そのとき、激しい衝撃音とともに管制室の窓が割られ、何者かが飛び込んできた。緑髪の子供──人工魂型人造生命体マッドマンだ。


「ご主人様。人工魂型人造生命体マッドマン隊、17号到着しました」

「5号到着しました」「8号到着しました」

 ヴァンテ達と兵士の間に割って入るようにして、次々と人工魂型人造生命体マッドマンたちが現れ、交戦を開始する。



「起動終わった! キャンベル、逃げよう!」

 ヴァンテが機器から離れ、ボス達を追い越して走っていく。

「あ? おぉ……随分と活き活きしてんじゃねえか……」

 ボスは少々面食らってしまった。初めてやり取りを交わした時とは見違えて、溌溂としている。護衛たちに車椅子を押させて、ヴァンテを追う。

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