scene(9,Ⅱ);

【塔】システムが止まっている間に降ったSARPは、上層階の市街と戦闘ロボット達にも被害を与えていた。SARPが機体内に滑り込んで動かなくなったロボット達は、項垂れるようにして立ち尽くしている。

 上層階の住民たちは霊粒子支配から逃れて、屋内へ逃げている最中だ。市街はSARPによって三次視像が消え、所々が溶かされて破損していた。


「リザ、ヘレン!」

 動ける状態に戻ったクロエは、すぐに二人のもとへ駆け付ける。

「お、幸運だったね!」

 リザは腕をプラプラと振りながら笑った。先ほどの銃撃でいまだ力が入らないようだ。その後ろで、ヘレンがむくりと身体を起こして立ち上がった。

「目が覚めたらしいな、良かったぜ」

 クロエはほっと胸を撫で下ろす。しかしヘレンの方は対照的に、険しい表情を浮かべていた。

「……あー、アタシさ、念のためウチの奴ら見てくるわ! すぐ戻る」

 再会したというのに穏やかでない二人の空気を察したのか、リザはそそくさと兵器格納庫の外へ向かっていった。


 残された二人は、しばらく言葉を発さなかった。クロエは物悲しげに微笑む。それを見たヘレンは両の眼が吊り上がり、右半身を大きく振り上げた。

「——……っ」

 しかしヘレンは、湧き上がる激情をぶつけはしなかった。一度は振り上げた掌を、ゆっくりと降ろす。

「……殴らないでくれんの?」

「……その顔……」

「んん?」

「そ・の・顔よ‼」

「へっ⁉」

 ヘレンはすごい剣幕で言い、クロエの眉間をびたりと指差した。突然だったのでクロエは気圧されるままになった。

「何、『仕方ないね』みたいな顔してんのよ! 理由があってやったことでしょ! そういう自罰的なのは気に食わない!」

「えっ……オレそんな顔、してた?」

「してるわよ!」

 ぴしゃりと言い返され、思わずたじろぐ。


「分かってるわ。私を助けるために、換装身体を除去するために仕方なくけど、私の尊厳を踏みにじったのは変わらないから、大人しく殴られようとしたんでしょ」

 ヘレンが言っているのは、リザの『自殺病』の手術前にした、口付けについてだ。

「うん。……ごめん、勝手なことして」

「もう、いいわよ。……ありがとう」

 ぶすっとしたままそう言われてしまえば、どんな顔をすればよいか分からなくなる。気恥ずかしさが先に立って、目が泳いだ。


「彼女の言う通りだぞ、この気取り屋」

「きどっ……って少佐!」

 そこへ現れたのは、無骨な狙撃銃二丁を背負ったベルヌーイ少佐。いつもは開けっ広げているくたびれた軍服をちゃんと締めている。先ほど出て行ったリザも一緒だった。

「昨日、下層階でお前を撃ったの、俺だって分かってたんだろ? のくせして、さっきと同じ顔したんだぜ、コイツは。ほんっと、ガックリしたぜ」

 だらりとした足取りでこちらへ近づきながら、少佐が溜め息交じりで呆れ果てたように言った。

「え、な、何が?」

「だからさあ、裏切ったんだぜ! 憤って、俺を恨めよ。どうせ自分は切り捨てられても仕方ないとか考えてたんだろ。そういうのが気に食わねえって言ってんだよ」

 何事にも冷めている少佐にしては珍しく、声を荒げた。何故かヘレンとリザもうんうん、と頷いていて、クロエには逃げ場がない。


「……あのね。俺は、お前が倒れてた時から、下層階での親代わりのつもりで居るの。狙われてたから仕方なく撃ったが……笑顔ってさ。お前にとって俺はそんなもんか?」

「う……」

 クロエは言葉に詰まった。

 少佐はきっと、霊粒子支配が始まってからクロエを助けに下層階から走って来たのだろう。さっきロボットの頭を打ち抜いた狙撃もそうだ。戦闘ロボットを一撃で静める銃を持っている知り合いなんて、少佐以外に心当たりがない。


「……少佐、ごめん。悪かったよ。そんなに大事に考えてくれてたんだな」

「ったりめぇだろ」

 ベルヌーイが疲れた、と言いたげに肩をすくめる。この戦いが始まってから、もしくはヘレンと出会ってから、もう何回も怒られている気がする。無力で、何も出来ずにいた自分が立っていられるのは、皆のお陰だ。怒ってくれる人が居ることを心強く感じた。


「さて、このあとはどうする? クロエ様」

 行方を見守っていたリザが、ニヤニヤと軽口交じりに聞いてくる。

「サティが総督を引っ張ってるはずなんだ、助けにいってやらねえと。……で、オレが運べそうなのは一人くらいなもんで……」

「私が行くわ」

 誰が行くか、という話に入る前に、当然という口調でヘレンが言った。格納庫内の装備を勝手に身に着け、軍人らしい装いになっている。実際、銃弾行き交う中に換装身体でない少佐とリザが入っていくのは危険でもあった。

「じゃあ、アタシはこのイケオジに護ってもらおうかな。宜しく頼んますよ~少佐~!」

「ま、いいけどよ。後から追い付くぜ」

 渋々ではあるが、二人も了承した。


「リザ」

「ん?」

 クロエのエアブーツの準備を待っている中、ヘレンがリザに声を掛ける。

「……助けてくれたことには感謝するわ。ただ、あなたの技術が私の家族を死に追いやったことは……許すつもりはないから」

「手厳しいな」

「そうよ。だから後で必ず会いましょう」

 手を差し出したのはヘレンの方からだった。リザは驚いた表情を見せたあと、その右手を嬉しそうに両手で覆った。

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