scene(8,Ⅲ);
〈フォロ・ディ・スクラノ〉最深部、管理司令部付近では、戦闘が行われていた。兵士達が発砲する先をするすると走り抜けていくのは、緑髪の子供。
「
「サー!」
総督スクラトフは前線部隊のすぐそばで、いたぶることを愉しむように笑っている。自身は手を下すことはないが、反逆者が銃撃から逃げ惑うのを見下していたいようだ。
サティは、総督スクラトフの粘り付くような視線を受けながら、浴びせられる攻撃をひたすら避けていた。管理司令部は【塔】システムにも関係する重要な機関。襲撃してすぐ軍隊の追手がかかったのも予想通りだ。逃げ続けるうち、隣接する統合参謀本部の施設内まで戻ってきていた。
銃弾の嵐から逃れるため、軍人用の執務室に飛び込む。業務中の人々が動揺するなかを、机や機材の裏に逃げ込む。追ってきた軍隊は、仲間が傷つくのも厭わずに撃ってくる。
「……」
何故か胸のあたりがむかむかする。人工魂型人造生命体であるサティは感情を持たない筈なのだが、最近調子がおかしい。メンテナンスが必要かもしれない。
とにかく今は、ここへ来た目的は果たせている。後は時間を稼ぐだけだ。愛用の剣を握り締め、次なる一手を思案する。
移り変わって、兵器格納庫。
研究員のリザは、未だ目を覚まさないヘレンの身を守りながら、警戒ロボット達の様子を窺っていた。クロエ達が離れてからしばらく経ったが、その間ロボット達の見回りがこの位置まで及ぶことはなかった。ロボットは貯蔵庫の天井まで届くかという巨体なので、物陰で身を潜めていると捕捉できないようだ。
作戦通りことが動いているのか、壁を隔てて隣接している統合参謀本部から戦闘音が聞こえてくる。軍本部隊は
(反乱ってなかなか楽しいね……)
リザは、ここ数一〇〇年間味わえなかった激動の荒波に揉まれ、生きがいを感じていた。
そのとき、兵器格納庫内で同じ巡回ルートを続けていた警戒ロボットが、ついにリザの方を向いた。壁の向こうの戦闘音に反応したか。
『不審な反応発見、処理を……』
恐竜のような形をしたロボットの口ががばりと開き、エルドリウムを充填させる音が鳴る。
リザは周囲に安置された銃を口径や種類もかまわず片手ずつ握ると、猛然と乱射し始めた。ドカドカという激しい銃声が反響する。装填されている銃弾を撃ち尽くすと投げ棄て、別の銃を手に取る。狙撃銃や自動小銃・散弾銃であっても片手ずつで扱い、腕を真っすぐ張ったままの恰好で、間髪入れず撃ち続けた。
間もなく熱線銃を発射段階だったロボットの口内は、リザの銃撃によってぼこぼこに凹み、発射を阻止されていた。
「……う……ん? 一体っ、……!」
リザの背に守られていたヘレンが、あまりに激しい銃声音によって意識を取り戻した。身体を起こそうとしたが、鉛のように重くなっている。これは確か、霊粒子支配。ヴァンテ達と話した作戦を順を沿って思い返す。
ヘレンの前に立って、銃を連射し続けている人物。『自殺病』の時の記憶を辿り、リザという名に行き着く。
複雑な心境だ。家族に起きた悲劇の元凶ともいえる人物に、『自殺病』から救われて護られている。リザの背は安定していて揺るがなく、次々と銃を取り換えて撃ち続けていた。が、その時、手の中からぽろり、と銃が落ちた。
「! あんた、反動が……」
「いてて! ……やっぱムリか」
リザは冗談めいて笑ったが、手に力が入らないのか、指先がだらりと下がっていた。リザは生身の人間。換装身体用に調整された銃の反動は、長時間の連射に耐えきれるものではない。
それでも、ロボットの足止めには充分すぎる程だった。発射寸前のエルドリウム銃は停止し、ロボット自体も静かになった。
しかし、稼働を停止したことで、別のロボットが異常を検知し近付いてきた。もう一体のロボットがリザ達に向かっていく途中、頭部の周りに何かが飛び入った。眩く光り、ひゅんひゅんと飛び回っている。ロボットはそちらに注意を引かれ、猫のように頭を振って、動きを追っている。
「あ、クロエ……!」
リザが小声で言うと、クロエが口の前に人差し指を立てた。格納庫の奥まで出向いていたクロエは、霊粒子支配の中を這うようにして近付いてきていた。距離はあるが、互いの姿が見えている。
ロボットの頭部周辺を飛んでいるのは、クロエのエアブーツだった。身体は動けなくても、ブーツだけなら飛ばせる。ロボットの周囲を飛んで注意を引こうとしていた。
『エアブーツ……エルドリウム感知』
だがロボットはブーツ内のエルドリウムから辿って、真っすぐクロエの方を向いた。口をがばりと開いて、エルドリウムを充填し始める。血の気が引いた。口の中のあれは、
「クロエ!」
ヘレンの焦った声が聞こえる。これはいよいよか、とクロエが死への覚悟を固めようとした。
その瞬間、恐竜のようなロボットの頭部が撃ち抜かれた。爆発のような銃声とともにロボットの頭に穴があき、ロボットは崩れ落ちるように倒れたのだ。
「狙撃……」
クロエは緊張から解放されてなお、どくどくと脈打つ心臓を収めながら呟いた。この助太刀が誰の仕業なのか察しがついて、頬が緩んだ。
同時に、他の警戒ロボット達にも変化が現れ、突然ガクリと頭を垂れて停止する。倉庫内の空調や照明も次々と落ちて行く。
「ユリアス! ユリアスだろ! あーやっと来たか!」
腕を押さえながらリザが笑った。クロエは助太刀に入った人物を探すため、窓の外へ視線を向けた。外の世界で起きている異常事態に気付いた途端、可笑しそうに笑った。
「はは! 全然、青くなんてねえ……」
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