scene(8,Ⅰ). getFilesByName("生身の戦士");
換装身体を身に着けた者は、突然身体の自由を奪われ、地の上にべったりと伏した。【塔】に住まう人々すべてが、そうだった。
上層階、下層階の住民はどちらも混乱を極めた。インフラや物流・交通は機械任せになっているものの、最終判断権が人間に委ねられている事柄が多いため、運転が停止した。
道の只中に倒れた人が自動運転車に轢かれかける。機器使用中のエンジニアが転げた拍子に機械に手を巻き込まれる。エアライナーで走行中に落下。各物流運転車が停止して道路が停止。事故に故障、衝突。人々が苦しみ呻く声と、機械によるエラー音があちこちから鳴り響いていた。
「主人の友人方は、動けなくはなっていますが、ここから離れていました。リザ様達も大丈夫です」
サティはうつ伏せ状態のクロエのもとに屈み、小声で報告する。兵士に化けて逃げて行った研究員達、それから隠れているリザ達も無事のようだ。
「分かった、ありがとな。そしたら、作戦通り行ってこいよ」
「……ですが……」
「オレなら大丈夫、隠れてるから。お前が行かないと、ヴァンテが危ないぜ。行け!」
サティはクロエ達をこの場に置き去りにすることを迷っていたが、そのひと押しに頷いた。クロエの上着に手を突っ込み、取り出した拳銃をクロエの手に握らせると、電光石火の速さで駆ける。
(よし。後はバレないように……身を隠すしかねぇか)
サティが走り去っていったあと、クロエは這うようにして懸命に身体を引っ張る。それも、蝸牛の如き遅さだ。自分の身体で、自分の意思が働く部分がほとんどない。歯を食いしばりながら、重りと化した身体を引っ張っていく。
他方、下層階西スラムエリア。
先刻まで銃撃戦を繰り広げていたノフィアやアウリスが姿を消したにも関わらず、スラム内には銃声と激しい破壊音が轟いていた。
「ボス、
護衛の一人が叫んだのに対して、ボスはああ、と短く答えたが、その間にも身を隠している住居の壁に何一〇発も銃弾が撃ち込まれる。
「ババア! どこ行ったんだよぉ? まだまだ銃はあるんだ、相手してくれなきゃ困るぜ!」
アナスタは笑いながら、浄水雨の水気にもかまわず、周囲をぐるりと回転するように銃を連射している。弾が尽きるとすぐに銃を棄てた。するとアナスタの胸が、がしゃり、と開く。そこは格納庫のようになっており、様々な銃火気が所狭しと納められていた。アナスタは乱雑に銃一丁をつかみ取り、再び周囲に向かって乱射し始める。
「あのクソバカ野郎、永久に続ける気か? 確かにアタシの武器じゃヤツを殺しは出来ねえが……」
雨で張り付く前髪を乱暴に除けながら、ボスが舌打ちした。
「爆弾投げ込みますか?」
「やめとけ、居場所が看破されりゃ近付いてくる。もうちょい待つ。あっちに逃げるよ」
顎で示すと護衛のふたりが頷く。彼らの内一人がすばやく先行して移り、ボスが移動し、後からもう一人が移動。まだアナスタの乱射弾幕によって削られていない住居の影に、再び身を隠す。しばらくすると、絶えず続いていた乱射がぴたりと収まる。
「な~んだ……。アウリスを引っ張る下層階の王様も、我が身が恋しいってことですか。拍子抜けしちゃうなぁ」
アナスタは至極残念そうに、隠れているボス達に聞こえるような大声で言い捨てると、だらりと脱力した姿勢のまま、瓦礫の山を無理くり進んだ。脳と心臓以外のすべてが機械で出来ているアナスタにとっては、瓦礫も石ころも大して違いはない。まだ居所に気付いてはいないようだが、彼が向かう方向の先にはボスたちが隠れている。
「あいつ! バカのくせに勘は当たりやがって。憎たらしい奴だよ」
「ボス、どうします?移動しますか?」
「いや……」
ボスは銃を手にしてはいたが、慎重に状況を伺っていた。機械の身体が瓦礫を押し除け、ごぎぎ、という音を立てている。アナスタがあと数歩進めば対峙する距離まで近付いても、まだボスは動こうとしない。
「あッ⁉」
そのとき、アナスタが驚愕したような声を上げた途端、崩れ落ちた。
「今だ、銃を撃ち払え!」
ボスが鋭く命令して、護衛のふたりが壁から身を乗り出して発砲する。アナスタは地面に伏せて倒れており、手に握られていた散弾銃も撃たれた銃弾で弾かれ、彼の手から離れた。
「ックソ、何でおれが⁉ 換装身体じゃないうえにノフィアのおれが、霊粒子支配対象になるはずが……!」
アナスタは呻き身体を動かそうとするが、言う事を効かない。ボスは隠れるのをやめ、車椅子でゆっくりと倒れているアナスタのもとに近付いた。
「アンタはつくづくバカだね。父親は賢くて領分を弁えてたってのに、どうしてこうなったんだか……」
「ババア……‼ てめえ何しやがった?」
うつ伏せのまま睨み上げるアナスタを、ボスが冷たく見下ろしながら接近する。車椅子の上から身体を屈めると、アナスタと至近距離となった。
「何もしてねェよ。機械の身体は、換装身体よりもエルドリウムが多いからな。しばらくは影響受けずに動けただけじゃないか? あの男がいちいち、換装身体とその他特殊例を区別しねェだろ」
「おれはッ……ヤツにとっては切り捨てても良いってことか?」
「そういうことさねえ……」
ボスの答えを聞くと、アナスタの表情は絶望に染まった。しかしすぐに、ニヤリという嫌味ったらしい笑顔に切り替わる。動けないはずのアナスタは、隠し持っていた銃を腰から取り出してボスに向けたのだ。
護衛のふたりは動かない。ボスはすかさず、右手に持った拳銃を撃つ。アナスタの隠していた銃を撃ち抜くと、今度は左手に持ったライフルをアナスタの左眼にがちん、と押し付けた。
「だから、てめェは浅薄だってんだよ」
アナスタが驚愕の顔へ移り変わる前に、ボスのライフルが火を噴いた。左眼から打ち抜かれた弾丸は、脳を貫通して後頭部から飛び出し、地面に転がった。
「……っ……ギ……ビ……」
最期になにか言おうとしたのかもしれない。だが、アナスタの身体の生命線となっている脳部分が損傷したためか、不明瞭な機械音が漏れただけだった。アナスタの上半身はそのまま前へと倒れ、がちゃん、と崩れた。
「はん。騙し討ちするには相手が悪ィよな」
ボスは拳銃を仕舞うと、代わりに懐から煙草を取り出して、その場で深く吸った。決着を悟ったのか、遠巻きにしていた護衛たちが近寄ってくる。
「アナスタは霊粒子支配されていたのか、いなかったのか、どちらでしょうか?」
「いや、わざわざ支配されているフリなんて、流石にこのアホでもしねェだろ。予想外に霊粒子支配されたが、銃を撃つくらいはできた。その度合いを偽って出し抜こうとした……そんな所だろ」
ボスは呆れ顔で、たくさんの煙を口からもふもふと吐いた。すぐに車椅子を反転させると、亡骸に背を向けて立ち去ろうとする。しかし彼女はきき、と車椅子を止めて、笑いながら背後に告げた。
「じゃーな、アナスタ。てめェの軍部を蹴落として成り上がるって夢、アタシが叶えてやるよ」
ボスは身体を正面に戻す。片手をあげてひらひらと数回振ると、護衛たちとともにこの場を後にした。
——そしてもうひとり、霊粒子支配を逃れた者。下層階【塔】外周。男は全速力で外階段を駆け上がり、カンカンと音を鳴らしていた。
「はぁ、はぁ……クソ! なんで俺ばっかがこういう目に遭うんだよ!」
ベルヌーイは、呼吸もすでに荒い中で自身を奮い立たせ、上層階への道を昇っていた。
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