scene(7,Ⅲ);

 上層階、遷移エレベータ前。下層階での戦闘は、もちろん軍本部も知る所だった。アウリスや反抗勢力が攻め込んでくるとしたら、外階段を使うかエレベータで上昇するしかない。【塔】システムを掌握している軍部は当然、エレベータを停止。軍の兵士たちが周囲を警戒していた。

 ところが、停止していたはずのエレベータが突然稼働し始めるとともに、かごを運ぶ昇降路からドンドン、という音がけたたましく鳴り始めた。兵士達が乗場戸に向け、銃口を向けて待機している。


 昇降路から響く物音は徐々に接近してきて、間もなく上層階に至るだろうという所まで来ていた。ドンドンドン、重く硬い音が重なるようにして複数個所から聞こえてくる。恐らくは兵器かロボット。兵士達はおのおの銃の撃鉄を起こす。緊張が走る。


 すぱん、という場違いな音が一度鳴った。エレベータの金属扉が斜めに割れて崩れる。昇降路から飛び出てきたのは、緑髪と緑目をした子供。その姿形は13サティとそっくりだった。緑髪の子供たちは続々と現れ、昇降路の壁を蹴って上層階へと飛び出していく。


人工魂型人造生命体マッドマンの戦闘体だ!」


 兵士達が一斉に発砲する。だが、子供たちは銃弾を剣で斬り捌いていき、兵士達をも制圧していく。彼らはヴァンテが用意していた切り札、人工魂型人造生命体の軍隊だ。13サティのみはクロエ達と同行し、それ以外の二九機が軍隊として戦うために用意されていた。

 人工魂型人造生命体たちは兵士達を次々と倒して、〈フォロ・ディ・スクラノ〉の中枢、統合参謀本部を目指して駆け上がっていく。彼らの持つ力は人間の比ではない。廃墟層からエレベータの昇降路を蹴り上がって登るのも、戦闘ロボットや兵士と渡り合うのも、難しいことではなかった。


 人工魂型人造生命体の集団が出て行ったあと、静かになった上層階にエレベータのかごだけが到着する。【塔】システムに逆らうことの出来る人物、それは総督以外で一人だけだ。肩付近で浮遊する二体の支援ロボットとともに、ヴァンテが現れた。


 ヴァンテは、かつて総督に従うふりをして、廃墟層設計や管理を自ら引き受けた。その目的は、自身のエルドリウムを廃墟層全体に張り巡らせることだった。廃墟層で造った兵器や支援ロボットなら、意志のまま自由自在に行使できる。廃墟層の中では、今や無敵といえるだろう。

 人工魂型人造生命体は、総督が望むようなエルドリウムを節約しつつ破壊力のある新兵器として造り、三〇機を隠し持っていた。彼らもまた、ヴァンテのエルドリウムから使役する。

 そのうえ、軍部にとって【塔】やエルドリウムを造った人間であるヴァンテは、替えが効かない存在。殺すことはできないのだ。


『リュア、ニンフ。周囲に敵は?』

『クリアです』

『よし、じゃあ既定ルート通り進むよ。総督が仕掛けてくる前に、潜りこもう』

 自作した戦闘支援ロボット二機に、思考による指示を飛ばす。軍部にとっては厄介この上ない存在である青髪の男が、上層階へ足を踏み入れた。



 そのころ、〈フォロ・ディ・スクラノ〉内、研究室付近を複数人の兵士の集団が移動していた。彼らにクロエとサティ、リザが手錠を掛けられて連行され、ヘレンは兵に背負われている。通りがかりの兵士が、目を丸くして聞いてくる。

「なんだ、そいつらは?」

「侵入者です。輸送業者のふりをして入り込んだとかで……上官より地下房に連行するようにと指示を受けました」

「あ、そ、そうか。了解」

 兵士は敬礼を返してから去っていく。その背を見送ってから、クロエ達はふう、と密かに息を付いていた。


 クロエ達を連行しているのは、ヴァンテの仲間である研究員たちだ。クロエが持ち込んだ軍用種体へと換装し、研究室で倒した兵の軍服や装備を奪って、変装しているのだ。


〈フォロ・ディ・スクラノ〉は最南端に研究所があり、北に向かうにつれて軍人用の各種施設、隣接して西側に兵器格納庫、北側に統合参謀本部、管理司令部……という構造だ。研究所は脱走防止のために出口がないが、兵器格納庫まで行けば外界に通じている。

 研究所に隣接する軍人用施設には、地下に牢獄がある。地下房まで連行するていを装って軍人用施設内を進み、さらに奥方の兵器保管庫を抜けて、脱出を目指す作戦だった。時折通り過ぎる軍人たちを騙しながら、着実に進んでいく。


 なんとか兵器格納庫まで到着できた。高く積まれたコンテナや兵器群の影に隠れ、クロエ達の手錠を外す。外へと通じる出口は保管庫の最奥。保管庫内はロボットが見回りを行っているが、偽造I№があるので、ヘタなことをしなければバレない筈。兵士に化けている研究員たちは不自然にならないよう、通りがかりを装って歩く。念のためで、クロエとサティが壁沿いに隠れながら付いていく。リザはまだ目が覚めないヘレンとともに、物陰に隠れて待つことになった。


 見上げるほどの巨躯を持つロボットがすぐ隣を駆動するなか、研究員たちは引きとめに遭うこともなく、出口まで辿り着いた。彼らがこの扉を通るのは二〇〇年ぶりだ。クロエ達はリザ以外の七名を無事送り出す。最後のひとりを見送るときは、こっそり手を振り合った。なんとか上手くいった、とクロエとサティが顔を見合わせる。待たせているリザ達のもとへ戻ろうと、クロエは再び見張りのロボットの様子を窺いながら、身を屈める。


 突然、身体中にぞわぞわとした嫌悪感が物凄い勢いで駆け巡り、身体が地に叩きつけられた。


「っ!」

 サティは突然倒れ込んだクロエに目を瞠ったが、すぐに何が起きたかを理解して、身を低くした。クロエは正確には、ある力でられていた。

「うっぐ……来た、な……」

「大丈夫ですか?」

「おう……」

 サティにそう返しはしたが、全身が床に張りつけられたようにして、ピクリとも動くことができない。


 ——「僕に出来ることは、スクラトフ総督にも出来ることだ。総督のエルドリウムは、軍部指定メーカーが作った換装身体すべてに混ぜられている。エルゼノア住民の九割が扱う換装身体、その中に……スクラトフ総督のエルドリウムが存在する。霊粒子支配エルドハックって言うんだ。スクラトフ総督が望むタイミングで、換装身体の人々は強制的に叩きつけられ、制圧される」


 あまりのことに、研究室に居合わせていた全員が言葉を失ってしまった。


「何だそれ?」

「すまない、総督の命令でやらされてね……。ただ、何億もの人を同時に制圧するわけだから、それ以上のことは出来ない。僕のようにロボットの動きを操るとか、そういう繊細なことは不可能だ。……総督は自分が窮地に立たされれば、必ず使ってくる。だからその間は、僕のような生身の人間が頑張る必要があるね」——


 あらかじめ、ヴァンテから知らされていた総督スクラトフの力。換装身体を使う人間は、この瞬間に身動きが取れなくなってしまった。

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