scene(6,Ⅳ);
リザに連れられて入った研究室で、ヴァンテの研究所時代からの仲間たちと話せた。小研究室にいた者も含めて八人全員揃っていた。ここで兵士に監視されながら兵器開発をしていたようだ。サティが主になって、ヴァンテが始めた反乱について説明する。
「皆さんにはこちらの換装身体に着替えてもらいたいのです」
サティがコンテナから持ち上げたのは、アルトワ社から輸送してきた軍用種体の換装身体だ。
「着替えてどうするんだ? 俺達が逃げたとしても、I№で特定されてしまう」
研究員のひとりが言った。彼らはこの研究室と生活施設の移動しか許されていない。脱走しようとしても、施設内でI№がスキャンされて兵に拘束され、戻される。そうして軟禁され続けてきた。
「その通りです。ですから、この換装身体はI№偽造チップを内蔵し、表示№を別人のものにしています」
サティは彼をまっすぐ見据えて頷く。研究員たちは思わず顔を見合わせる。I№の偽造は重罪。もし捕まれば死刑は免れようがない。
「……ユリアスはもう覚悟をしているって事なんだな……」
とても複雑そうに研究員の男は呟く。互いが生き残るために二五〇年間も軟禁され続けてきた彼らからすれば、信じられないような心地なのだろう。
「そうです。
サティは確信をもって言い切った。誰一人、中途半端な覚悟の者はいない。研究員たちは頷くと、渡した換装身体への換装を始めた。
一方、サティ達の話している研究室から出てすぐ。先ほどクロエを狙った兵士が出てきた小部屋の中。
「ここは人体実験用の処置室なんだ。あとは拷問とかね」
リザが
「『自殺病』のメカニズムはさ、アタシが確立したんだ。素体の脳に埋め込んだ機器が霊粒子洗脳を行って、神経や脳細胞に干渉して自殺する命令を出してる。換装身体の精神防衛機能みたいにね。これは、命令を出してる
「そっか、それでヘレンは廃墟層に居る時は意識を……って、脳に埋めたって言った?」
「うん。だから脳を開かないといけない。埋める時は仮死状態だったから良いけど、今度は無事で済むか分からないね。二時間くらいかかるかな」
「……」
リザの平坦な言いように、クロエは顔を顰める。不信感を抱かずにいられなかった。自身が生み出した研究によってヘレンがどれほど傷ついたか、分かっていない。命に対する認識もどこか軽い。だが現状、彼女に頼る以外にヘレンを救う方法がなかった。
「じゃ、換装身体外させてね。よいしょっと」
リザがヘレンの左手をとり、顔の近くに引っ張り上げようとする。すると、ヘレンは突然かっと表情を変え、手足を振って暴れ、叫び出した。
「わっ! どうしたどうした?」
危うく怪我をしかけたリザが仰け反る。手術医ロボットの
「脳を開かれるのはマズかったかな?」
「いや、違う。多分……」
クロエは咄嗟にヘレンの手首を掴むが、彼女は抵抗して暴れる。その拍子に手をぶたれ、ばしん、という音が鳴った。殴られた手を擦りながら、クロエは手術台に縫い付けられるヘレンの頭部付近まで回って、姿勢を低くしてから覗き込むようにヘレンに語りかけた。
「ヘレン、アノンの換装身体を外されるのはどうしても嫌か?」
ヘレンはクロエの言葉にまったく耳を貸さず、叫び続けた。やはり換装身体を外すこと——本当の身体を晒すことがトラウマになっている。『自殺病』で意識が薄い状態でも、錯乱してしまうようだ。
クロエは再びヘレンの左腕を掴み取ると、腰を曲げて上半身を倒す。互いの顔が目と鼻の先ほどの距離になる。
「本当……ごめんな」
クロエは小さく囁いてから、ヘレンと唇を合わせた。
あまりに突然のことで驚いたのか、暴れていたヘレンの動きが一瞬止まる。その間に掴まれていた彼女の左手は顎部分まで引っ張り上げられ、親指と人差し指が顎を支えるように触れさせられた。これは換装身体の除去操作方法だった。
換装身体が頭部からばらばらと外れていく。左腕を離すと手術医ロボットがすぐさま拘束を行い、首元に鎮痛剤の繋がった注射を刺した。クロエが離れるころには、換装身体は上半身まで除去されて、その下の素体が姿を見せていた。
本来ならば換装身体は着用したまま別の換装身体に移行させるので、素体が人目に触れる事は稀だ。だから他人の素体を目にするのは初めてだった。筋肉と骨が浮き上がった赤い肉の塊。素体とは、クロエの眼にはそんな風に映った。鎮痛剤が効いたらしく、ヘレンは大人しくなって眠り始めた。
「じゃあ、始めるね」
リザが言って、手術医ロボットが動く。
(……二時間か)
クロエは一度手術を行っている場を離れて、サティ達のいる方の研究室へ向かう。研究室は〈フォロ・ディ・スクラノ〉内では奥まった位置にあるものの、二時間ともなれば軍部に勘付かれる可能性がある。研究室に入ると、斃した兵士が装備していた通信機器を持って、サティが喋っていた。
「はい。異常ありません。イエッサ」
普段彼が発するものより幾分か低い声だったこともあり、クロエがぽかんとしていると、通信機器を切ってからサティが目線を落として言った。
「……定時通信をしなければならないので、声色を変えています」
サティがなぜか恥ずかしそうにするので、クロエは思わず少し笑ってしまう。ヘレンのことで気落ちしていただけに、有難く思えた。
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