scene(5,Ⅱ);
「黙っていてすまなかった。僕の正体が知れること自体、君たちに危険が及ぶ行為だったから、言えなかったんだ」
ヴァンテは悲し気に微笑んだ。オーデン・ユリアス・ヴァンテ。連合政府の技術責任者で、エルドリウムに関するほとんどの技術を造った男だ。エルゼノアでは、総督の次に名が知れている人物。変人の研究者くらいに考えていただけに、クロエは面食らって二の句が継げずにいた。
「まずは、いまエルゼノアで起きていることを整理しよう。すべての始まりはSARPによる世界大戦だ。もう二五〇年前になる」
ヴァンテは一歩進み出て語りだした。彼の青い瞳は、苦い過去を振り返るようにして伏せられている。
「僕が開発したのは兵器ではなく農耕装置だったが、軍部……スクラトフ総督の意で捻じ曲げられ、天候兵器SARPが開発された。そして戦争のなかで世界中に広がり収拾がつかなくなった。汚染が広がって地上を追われ、人々は【塔】を建てて空へと逃れたわけだが……」
皆が見つめる中、研究室のデスクに凭れ掛かりヴァンテは腕を組む。
「スクラトフ総督は、人類にはもう未来がないのではと恐怖を抱き始めた。彼は豊かな暮らしを享受し続けながらも、自分と身内だけは助かるすべがないか、と僕に研究させたんだ。そのひとつが
「クリオ……スリープ……?」
ボスの足元から立ち上がり、クロエが繰り返した。
「そう。一度対象の人間を死亡させ、エルドリウムで血液や栄養を代替して……技術的な話はいいか。要するに、数一〇〇年後に目が覚めるように人間を保管する技術だ。実験段階ということもあって、軍部内だけで内々に研究されたのだけど……」
数一〇〇年後に目が覚める、という説明にクロエは聞き覚えがある。同じく感づいたようで、ヘレンがはっと顔を上げた。
「人体強制睡眠保管の被験者は、住民たちに存在を知られないように、保管庫内のエルドリウムを使用した
「!」
無意識なのだろうが、ヘレンはヴァンテのもとへ向かおうと勢いよく足を踏み出したので、クロエが片手を掴んで引き止めた。ヘレンはわなわなと身を震わせている。
「じゃあ、その人体強制睡眠保管実験対象のひとつが、私の家族で……。『自殺病』は、実験体の処分の為のシステムということ?」
「そう。非道な実験を行っていることを知られないよう被験体を消し、エルドリウムと研究結果は得る……くだらない技術さ」
「私は、私と姉さんはそんなモノに……」
ヘレンが呟く。責め立てようとしない代わりに、両の拳はぎりぎりと握り締められていた。
「……すまない。君には僕を許さない権利がある。君の言う通り、軍部は抱えている軍人のうち何人かを無作為に選んで、人体強制睡眠保管の実験対象にした。ヘレンは二〇〇年前、その対象に選ばれてしまったんだ」
ヴァンテが絞り出すように言うと、クロエ達の隣にいるボスがため息をつき、煙草を懐から取り出して火を点けた。
「ヘレンよぉ、お前ェの怒りはもっともだが、コイツも望んでやってる訳じゃねぇ。身内の命を握られてんだ。それこそ二五〇年間もな」
ボスは煙草を深く吸って、ゆっくりと吐き出す。
「例のSARPの時代から、こいつの研究仲間は軍部に軟禁され続けてる。だから逆らえねぇだろうって、連合政府技術責任者とかいう大層な名前のわりに、地下なんかに追いやられてんだよ」
「……」
「ボスは何で、ヴァンテの事情をそんなに知ってんですか? 昔馴染みとか?」
ヘレンは怒りの行き場をなくして下唇を噛む。代わりとばかりにクロエがボスに尋ねた。
「あー、その話はややこしいから、後でね」
ヴァンテは遮るようにしてクロエに伝えて、説明を再開する。
「とにかく、様々な研究のすえ、SARP問題は一〇年後にエルドリウムを利用した浄化方法と装置が確立されたことで解決を見た。だが異常は止まらなかった。次に起きたのが『生殖障害症候群』だ。原因はエルドリウムの使い過ぎだった」
「? エルドリウムの?」
ヴァンテの言うことがピンとこず、クロエは思わず小首を傾げる。
「……市民には伏せられているんだ、エルドリウムの正体が。あれは、人間の魂なんだよ」
「⁉」
ヴァンテから発せられた思わぬ言葉に、誰もが息を呑んだ。
「魂の還る場所(レ・ユエ・ユアン)の発見とともに始まった、魂のエネルギー化技術だ。それでも発見された時代には、魂は豊富にあったんだ。一〇〇〇年先まで安泰と言われるほどにね。換装身体や三次視像などへのエルドリウムの日常使用、世界大戦でのSARP開発と浄化。そんな過剰使用がたたって、今はもう……驚くほど魂は減ってしまった」
「ちょっ……ちょっと待て。つまりオレ達はいま、人の命を消費して生活してるってことか? 換装身体も、【塔】も、エアライナーも……」
クロエの問いかけに、ヴァンテが黙って首肯する。だがクロエは信じきれないという様子で、躊躇ったあと言葉を続けた。
「……んな、バカな。魂ってなんだよ? 見た事もないだろ」
「いや、君達は見たはずだよ。さっき、資源分解槽に入った時にね」
「え……」
そう言ってヴァンテが指さした先は、ヘレンだった。
「彼女の赤い首飾り。それには様々な機能を持たせているが、ひとつが入場証だ。魂も
ヴァンテの話をもとに、クロエはあの時見た光景を思い返す。クロエの青とヘレンの黒だけで染められた広大な空間、浮き上がる薄黄色の光球。あの場所が魂の世界。荒唐無稽でまったく現実味がない話だが、確かにこの目で見ていた。
「……あれか。くっそ……」
クロエはがっくりと項垂れた。釈然としない。目の前で証拠が突きつけられた気分だ。
「そうか、クロエ様とヘレン様が先ほど、資源分解槽に入っても無事だったのは、平行世界の
ここまでずっと黙り続けていたサティがふと呟いて、これにもヴァンテが頷いた。
「そうだね。あれは、【塔】全体の資源分解槽。もし首飾りが無ければ、毒素にやられて死んでいたはずだ。……
予想外の質問に、クロエとヘレンがはた、と顔を見合わせた。不機嫌そうに口をすぼめたヘレンが頷き、クロエがやや悩んでから答えようとする。
「んーと……互いの過去の記憶と、なんて言うか……心理状態……みたいなやつを見た。かな」
ヴァンテは驚いたように目を見張る。思考を巡らすように視線が様々な方向へ向いてから、ぼそぼそと喋った。
「……恐らく、ここへ落ちる間に緊急治療術を行った事と、命の危機が迫る状況……などが影響して、
(魂が混ざった、って……。)
クロエは何となくどんな顔をすればいいのか分からなくなって、視線を背けた。変な意図はないと理解はしつつも、むずがゆい。
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【用語解説】
・
・自殺病:実験の被験者を抹消するため、
・
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