scene(5,Ⅰ). getFilesByName("ヴァンテ");

 アナスタが部下を連れ、去って行った後。廃墟層の資源分解槽前に立ち尽くしていたヴァンテが、近付いてきたノフィアの構成員に小突かれた。

「オイ、いつまでここに居るつもりだ。戻れ」

 ヴァンテは渋々といった様子で、研究所側に向かって歩いていく。サティは主人の代わりになるようにして、いまだクロエ達が消えていった資源分解槽を見つめたまま、じっと立っていた。


 そのとき、水槽の表面にわずかな振動があり、ぽつぽつと波紋が浮かんできた。


「……!」

 サティは資源分解槽のきわに屈み込むと、やや考えたあとに、拳で、ばん! と地を叩いた。

「っ!」

 その音にヴァンテがはっとして振り向き、立ち止まった。すると資源分解槽の水面に一つ二つと気泡が浮かび上がり、あっという間に増えていく。


 次の瞬間、水面からクロエとヘレンがざばりと飛び出し、天高く飛んだ。ヘレンはクロエに掴まっており、ブーツが軌道熱を吹いていた。水中から真っ直ぐ飛び上がり、そのまま分解槽のすぐ脇、サティの立つ地点前にふたりは降りてきて転げるように着地した。

「クロエ様、ヘレン様!」

 ヘレンの方が先に何事もなかったように立ち上がり、サティに黙って頷いた。少しだけ呻き声を上げてから、クロエものんびり立ち上がってきた。

「いでで……お、サティ! さっきのドンってやつ助かったぜ。ありがとな!」

「いえ。意図を察していただけまして私の方こそ助かりました」

「『私が搭載している機能によって、音、力から総合してうんちゃらほんちゃら暫定し』ってやつだよな」

 クロエがニヤリと笑う。真似したのは、ロストラの高層タワーまでサティが飛びこんできたときの話だ。先ほどサティが床を殴ったのは、『ここに来れば出られます』と伝えるための信号代わりだった。

「13号、ノフィア兵を始末するんだ!」

 ヴァンテが、まだ構成員が近くに居るにも関わらず鋭く命令した。サティはその瞬間に剣を抜き、ノフィア達に飛びかかって行った。廃墟層内が突如、悲鳴と銃声、血しぶきが飛び交う戦闘に突入する。


「ユリアス、貴様!」

 資源分解槽から離れてエレベータに向かっていたアナスタが、憎々し気に言った。慌てて戦闘に加わろうと戻ってきて、銃を取り出したとき、アナスタの顔が強烈な衝撃を受けた。彼の身体は地に留まることができず、吹き飛ばされて遷移エレベータの外壁に叩きつけられる。

「ふんっ、この腐れ野郎! 寝てろ!」

 先ほどまでアナスタがいた場には、思い切り腕を振りぬいたあとのヘレンが立っていた。ヘレンはアナスタがどんな人物かを通して知ったので、いの一番に殴りかかったのだ。指の節をパキパキ鳴らしながら、自分もサティの戦っている中へと飛び込んでいく。


「はは! まじかよ~……ってて……」

 クロエは目の前で起きた衝撃事件に思わず笑ってしまった。まだ少佐に撃たれた銃弾が残っていて、物陰に隠れてからへたり込むように腰を落とし、ぐたりと座った。そこへ、ヴァンテが姿勢を低くしたまま近付いてきて、『クロエ君』と小声で呼んだ。

「ヴァンテ、あんたも無事だったか」

「ああ、僕は心配ない。ところで何が痛むんだい? お腹痛いの?」

「子供かよ! 上で銃に撃たれたんだ、いったん緊急治療術アトリで塞いでもらってる」

「ははぁ、なるほど……」

 するとヴァンテは、クロエが横腹を押さえている手をどけると、数本の指でぐりぐりと傷跡を押してきた。

「いでで! やめろって、あんた何してんだよ!」

「確かに何かあるな。僕は医療は外科だけなんだ。この場では切開縫合しかできないから、悪いけどそういう手段にさせてもらうね」

「はっ⁉ イヤおまっ……ウソだろやめて……ぎゃあー!」

 激しい戦闘が繰り広げられる廃墟層内で、クロエの情けない悲鳴が木霊した。


 混沌とした様相を呈する廃墟層に、また別の来客があった。〝アウリス〟の頭——

ボスはちょうどエレベータで下って来て、出口前でのびているアナスタを見るなり大笑いした。

「はっはっは! こいつはいい。お前達、さっさと縛りあげな。上の奴らに見せてやろう。」

 ボスは護衛のふたりに指示して、小型の通信機器を取り出す。アナスタは手際よく拘束される。


 一方、人造兵器であるサティは目にも留まらぬ速さで走り抜けていた。銃撃の間と間を縫うようにして避け、ノフィア達を斬り伏せていく。


「あのガキ、バケモンか? くそっ!」

 ノフィアの男がサティに向けて銃を構えようとする。すると急に姿を見せたヘレンが、銃身を掴んで引き止めた。

「なっ……?」

 予想外だったのだろう、何が起きたか分からなくなっている。その隙に、ヘレンが顔面を殴って気絶させ、銃を奪い取る。

「このアマ!」

 それを見ていたノフィア達がヘレンに銃を向けた。自分にとってはあまりに皮肉な罵倒を受け、ニヤリと笑うヘレン。


「銃を降ろしな!」

 老女の声が響きわたって、戦いが一時止まって注目が集まった。そこに居たのはボスと、気を失ったまま縛り上げられて、ボスの護衛に銃を向けられているアナスタの姿だった。

「アナスタ様!」「なんてこった……」

 ノフィア達の間に動揺が広がる。ボスはニタニタと楽しそうに笑いながら、通信機器でアナスタの顔を映していた。

「えー、下層階のノフィア諸君。お前らの頭領はこの通りだ。住民やアウリスの人間に手を出してみろ。コイツの頭が吹っ飛ぶぜ。明日になったら返してやるよ、大人しく待ってればな。じゃあな」

 一方的に喋ってから通信を切ると、廃墟層にいるノフィアに対し、顎で銃を棄てるように示す。ボスのもう一人の護衛が、補足するように銃身で『銃を棄てろ』と身振りし、ノフィア構成員達はしぶしぶ従う。ヘレンとサティ、それから遅れてやってきた廃墟層の支援ロボット達が武器を押収し、資源分解槽に投げ入れていった。


 ヘレンとサティが後をロボット達に任せて、クロエの隠れていた場所に戻ってくると、そこにはなぜか白衣が血だらけになったヴァンテと、仰向けで腹回りを抑えて悶絶しているクロエの姿があった。

「いや、アンタら何やってんの?」

 呆れた様子でヘレンが聞いた。

「どうせ動けないんだ、銃弾を取り除いていただけだよ。もう大丈夫」

 何でもない様子で答えたのはヴァンテだ。彼の話しぶりと裏腹にクロエはしくしくと泣いている。


「ふたりともお疲れ様、無事でよかった。じゃあ、キャンベルも降りてきたようだし、移動しようか」

「うう……コイツ頭おかしいぜ……」

 心なしかイキイキした様子のヴァンテに促されて、愚痴を言いながらも立ち上がるクロエ。ヴァンテの案内に従って、研究所内へ向かった。



 一行が向かったのは、以前にクロエ達がこの層に落ちてきた時、匿ってもらったヴァンテの研究室だ。そこで意外な人物が待っていた。

「よう、ガキども」

「ボス!」

 いつもの護衛二人を侍らせて、車椅子にどっかりと座ったボスが、研究室の奥に座していた。クロエは思わず駆け寄ってその手を取った。

「無事だったんすね!」

「当たり前ェだろ」

 ボスはそう答えて一度笑ったあと、クロエの手を除けた。そして床に向かって指をさす。クロエはハッと何かに気付き、すぐに跪いた。

「高いところから失礼しました」

「よろしい」


 二人のやり取りを見物していたヘレンは、馬鹿にするように鼻を鳴らした。続いてヴァンテが珍しいものを見るように、へぇ~と感心する声をあげた。

「これが流儀ってやつかな。興味深いね」

「ユリアス、間抜けな声上げてんじゃねぇよ。ノフィアはともかく、軍の奴らが降りて来る前に、てめェの事情をちゃんと説明してやれ」

「ああ、そうだね。アウリス以外の人間は、廃墟層への立ち入りを封鎖しているから、しばらくは持つよ」

 ヴァンテとボスが慣れた様子でやり取りしている。


 ボスが叱りつけた名前を聞いて、クロエは僅かに首を傾げた。『ユリアス』。上層階はもちろん、学校に行ったことのない人間でも知る名だ。同姓同名の別人でなければ、一人しか思い当たらない。なぜヴァンテをその名で呼ぶのかを考えて、愕然とした。


「まっ、さか、お前……」

 クロエが思わず声を出したのに対し、ヴァンテは申し訳なさそうな顔を向けてきた。呆れたように、ボスがヴァンテに代わって言った。


「そいつは、オーデン・ユリアス・ヴァンテ。総合政府の技術責任者オフィサを担っている男だよ」

【塔】、SARP、エルドリウム技術、三次視像——エルゼノアのすべてを創り出し、今なお生身の肉体のまま生きる男は、目の前に立っていた。

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