第11話
「俺は、ずっと父さんを信じてた。幼い時から創設者のじいちゃんの話を聞かされて、AIは悪いやつらだから許しちゃダメだって言われてた。父さんがそう言うなら、それが正しいんだと思ってた。幼稚園の時に、父さんの思想について行けなくなった母さんが家を出て行っても、父さんの方が正しいに決まってると思ってた」
西銘くんが片親で育ったのは初耳だった。あたしにお母さんしかいないのと同じで、お父さんは唯一の肉親なんだと知った。
「じいちゃんは、先代から引き継がれてる活動を続けてたけど、父さんは影ではじいちゃんの活動に反対してた。父さんだけは、ずっとシビリロジー排除の必要性を訴えてて、いつかは自分の手で世界を変えるって豪語してた。
そんなことを堂々と宣言する父さんは、凄い人だと思った。正しい父さんが言うことなんだから、未来が変わるのは必然だと信じてた。父さんの願いが叶うことを、俺は願ってた……。
じいちゃんが亡くなって父さんが代表になると、組織内の空気が一気に変わった。父さんの思想に賛同する人たちが、勢力を増したんだ。それから組織は、だんだんとおかしな方向に変わっていった。俺も最初は、父さんに付いて行こうと決意してた。だけどその気持ちは、次第に薄れていった」
「ずっとお父さんを信じてたのに、なんで?」
「組織はずっと、シビリロジー技術の運用の規模縮小を訴え続けてきたけど、政府は何もしなくて、技術はより向上して、利便性が世間に浸透していくだけだった。何年も何年も変わらない社会を見続けて、訴え続ける意味があるのかと俺は疑問を抱き始めた。AIありきがベースになった社会を変えるのは、もう無理なんじゃないかと思った。
だけど父さんは、その現実に全く気付かない。気付いていたとしても、いずれ自分の望みを果たすんだから関係ないと思ってたのかもしれない。だから俺は、早く跡を継ぐことで父さんを安心させて、父さんの気のすむまでやらせればそのうち全て無駄だっていつか気付くと思った。
だけど、俺の思惑とは反対に父さんはどんどん暴走していった。俺は早く代替わりをしてほしくて、仕事を手伝いたいって言ったり、指示もなしにお前を襲ったりして何とかアピールした。でも、俺のサインに全く気付いてくれなかった」
あたしへの暴力は、お父さんを振り向かせたいという背景があったんだと言う西銘くんの表情は、寂しげだった。
「お父さんは、ずっと社会を変えたいと思ってた。そのチャンスが巡ってきて、嬉しかったのかも」
だけど、いつしか視界が狭まっていき、社会の現状を無意識にシャットアウトした。そして夢中になって、のめり込んでいったのかもしれない。
「じいちゃんまでは普通に支援してたのに、何故か父さんだけは復讐に固執した。異議を唱える部下がいても、聞く耳を持たなかった。俺も話がしたかったけど、話せる時間を作ってもらえなかった。
……俺は、父さんとちゃんと話がしたかった。上下関係のない、親子の話をしたかったのに。俺の努力が足りないから見てくれないのか? それとも、俺よりも社会を変えることの方が大事なのか?」
西銘くんはとても寂しそうで、悲しそうだった。
思いが伝わらないのは悲しくて、一方通行なのは虚しい。その相手が親でも、友達でも、他人でも。その悲しみと虚しさは、あたしにはよくわかる。
「のめり込んだお父さんは、もう自分の望みしか見えてないんだろうね。なんでお父さんだけが復讐に固執するのか、その理由がわかれば、少しは現状が変えられるかもしれないけど……」
「きっと家が悪いんだ。古き良き時代のものとか言ってあんな平屋の家にずっと住んでるから、過去の因縁に囚われてるんだ。だから父さんはだんだんおかしくなった。海外のハッカーに大金を振り込んで仕事を依頼したり、危険な組織と取引をするようになったり、テロリストなんかにならなかったんだ!」
「西銘くん……」
「いや。俺が止められればよかったんだ。家族は俺だけなんだから、止められるのは俺しかいなかった。俺がもっと早く間違いに気付いていれば……!」
「西銘くん、落ち着いて」
振り返れば幾つもあったターニングポイントを見逃していたんじゃないかと、西銘くんは酷く後悔して自分を責めた。あたしに暴言を吐いて自信を失わせた同一人物とは思えない姿で、今度は自責の念にかられた西銘くんが自信を失いそうになっていた。
「テロの計画を聞いた時、勇気を持って反対すればよかった。でも反対して、関われなくなる方が怖かった。そしたら跡を継げなくなるから。きっとこれが、父さんの望みを叶える為の最後のチャンスになる。だから手伝って、父さんの望みを叶えようと思った。父さんを止めるには、そうするしかないと思ったんだ」
「そうなんだね。西銘くんはお父さんを止める方法に倦ねて、手伝うことを選んだんだね」
「でも、もうわかんねぇ。俺の選択は合ってるのか? だけど、父さんを止める方法がわからねぇんだよ!」
理解したいことを理解したいのにわからなくて苦しんでいたあたしと、気持ちが同じだった。何をしても上手くいかなくて、思い通りにならなくて、苛立って、途方に暮れて、身動きができなくなる。この前までのあたしが、目の前にいるようだった。
でもあたしと違うのは、自分の為じゃなくて、家族の為に苦しんで藻掻いてること。たった一人の“愛する”家族を心配して、助けたいと西銘くんは願ってる。
「西銘くんは偉いよ。自分でちゃんと疑問に気付いて、間違った道を正そうとした。そしてその疑問を、お父さんにも伝えようとした。意志を伝えたくて話ができなくても、行動で示そうとした。擦れ違ってばかりだったのに、諦めずにお父さんのことを考えたのは偉いよ」
「なんにも偉くなんかねぇよ。結局何もできなかったし、テロに荷担してるし」
「でも多分、普通だったら諦めてるよ。話すのを諦めて、跡を継ぐのもやめて、家を出てると思う。そうしなかったのは、西銘くんがお父さんを見限る選択ができなかったからだよ。お父さんのことが、心から心配だったんだよね」
「そうだ……俺は心配だった。父さんの未来が心配だった。俺がいなくなったら、本当に止められるやつがいなくなる。だから、俺は何があっても側に居続けないといけないと思った。いつか、俺が好きだった父さんに戻るって信じてたから」
何度もアピールして見向きされなくても、思いが伝わらなくても、西銘くんはお父さんを大切に思っていた。たった一人の家族を“愛する”ことを、“愛し”続けることを諦めなかったのだ。
お母さんと擦れ違って、家出して逃げ出したヒューマノイドのあたしより、よっぽど偉い。あたしは、西銘くんを見習うべきだったんだ。
「西銘くんにとっては、お父さんは唯一の家族だもんね。でも逆を言えば、お父さんにとっても西銘くんは唯一の家族。だから、全く見てないことはないし、西銘くんよりも大事なものはないと思うよ。自分の望みを叶えようとしてるのも、その根本には息子の西銘くんへの思いもあるのかもしれない」
「俺への思い……それはなんだ」
「そこまではわからないよ」
「んだよ。適当なこと言うんじゃねぇよ」
西銘くんはついさっきまでの顔を引っ込めて、口調が急に乱暴になった。あたしが知ってる西銘くんが戻って来て、少し安心した。心の中に溜まっていたものを吐き出して、軽くなった証拠だ。
「適当じゃないよ。確かにテロリストって言ったら、エゴイストで、周囲の人たちのことを考えずに巻き込むって印象だけど、お父さんはなんか違うよ。
危険な手段は使ってるけど、本当に純粋に社会を変えたいと願ってるんじゃないかな。予め一般市民を避難させたのって、これが自分と政府との戦いだってことを理解してるからなんじゃないかな」
「真向勝負を挑んでるつもりなのか」
「純粋な真向勝負とは言えないけどね。武装したのは、余計な邪魔をされたくないからかな。あたしを人質にすることとか爆弾を仕掛けたのは、交渉の方法としては間違ってるけど、お父さんは最初から、無関係な人間を巻き込んで人的被害を出すつもりはなかったんだよ」
「でも、爆破予告は嘘じゃない」
「それは本気なんだね」
「海外との取引には立ち会っていないが、父さんなら全部本物を用意する筈だ。施設に仕掛けた爆弾だけフェイクなんてあり得ない」
代表とずっと一緒に同じ方向を向いて歩いてきた西銘くんは、そう断言した。声音からも表情からも、あたしを欺こうとしている様子は一切見られない。あたしも、あの代表のメッセージが悪戯に混乱を招くだけのものとは思っていなかった。
「だけど、一般市民は巻き込まないって、中途半端なテロリズムだな」
「そこに、お父さんの西銘くんへの思いがあるのかもね。それは自分で考えてね」
「そこまで教えてくれるのが、お前の仕事じゃないのかよ」
西銘くんは不満そうに言った。少しはあたしに期待してくれたみたいだ。
だけど、その期待には応えられない。何故なら、あたしは答えを持っていないから。答えを持っているのは、対岸にいる二人だからだ。
「あたしは橋渡しが仕事だよ。解決の為の道を作ってあげるだけ。そこからは本人たちがやることだよ。だから西銘くん。お父さんと話しに行こう」
「えっ。今、この状況の中でか」
西銘くんは、何を言ってるんだと言いたげだった。確かに、この緊張感が漂う空気を読むなら全然タイミングは違うけど。
「止めるなら今じゃないと。全部終わってからなんて悠長なこと言ってたら、お父さんが改心するの刑務所の中になっちゃうよ」
「それはダメだ。できるなら自首してほしい」
「そうでしょ? あたしも話すけど、でも説得するのは西銘くんだよ。その気持ちを伝えられるのは、西銘くんだけだから」
急な展開に心の準備ができていなかった西銘くんだけど、覚悟を決めて「わかった」と頷いた。
自信をなくして二の足を踏んでいる時間はない。今話し合って自分の行いを悔いてくれれば、少しでも救える余地がある。西銘くんの思いが届けば、二人は普通の親子に戻れる筈だ。西銘くんのその望みも、叶えてあげたい。
「……
「なに?」
「……ありがと」
西銘くんは気恥ずかしそうに顔を逸して、感謝の言葉を言った。その瞬間、あたしと西銘くんの間の深い溝がなくなったことが証明された。
ずっと歩み寄れなくて辛かったけど、本当に諦めなくてよかったと、何度も何度も感じた。
「お礼は、全部が上手くいったら言って。あと、ミヤちゃんに」
「そっか。桐島がお前に言ってくれたんだもんな……あいつ、優しいよな」
「うん。優しいよね」
「俺、あいつと再会できてよかったよ」
感情の共有までできて、とても嬉しかった。西銘くんの表情がどこか柔らかいのも、嬉しかった。
恨まれる側と恨む側から一転、こうしてあたしたちは協力関係となった。けれどこれから挑むことは、簡単に橋を渡すことは困難かもしれない。それでもあたしたちは固い決意を持って、イサナギファンモールで待つジャカロ代表の元へ向かった。
同じ頃、あたしを追いかけて来たユウイチさんが近くまで来ていることを、あたしは全く知らなかった。
ユウイチさんはすぐ近くまで来たものの、特殊部隊の後方にいた機動隊に、危険地帯に入れる訳にはいかないと止められていた。
ユウイチさんは、この先に大切な人がいるんだと、必死に訴えた。だけどその声は、あたしの耳に全く届いていなかった。
だから、一瞬でも後ろを振り返ろうとはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます