第12話




 いよいよ、イサナギファンモールまでやって来た。西銘くんとは和解したけれど、それを他のジャカロの人に悟られてはいけないから、あたしは銃を突き付けられて連れて来られた人質を演じた。

 正面出入口には、それなりの防護服を身に纏う武装した六人の男が立っていた。門番のように立つ男たちはあたしたちを一切怪しまず、危なげなく建物の中に入ることができた。

 入るとすぐのショッピングエリアにも、人員が配置されていた。吹き抜けを見上げれば、上の階にも武装した人影がある。確認できる限り、一つのフロアに最低十人はいる。

 ここには何度も来たことがあるけれど、普段の賑やかさとは真逆で物々しい雰囲気を漂わせ、まるで閉館後のように施設内は静まり返っていた。

 所々に小型デバイスや小さなバッグなど、誰かの持ち物らしきものがたくさん落ちている。爆弾をしかけたと館内放送をした時に、買い物客たちが慌てて逃げ出した痕跡だ。

 そしてあたしたちはショッピングエリアを抜けて、ヒューマノイド博物館に到着した。通常なら出迎えロボットがいたり、中にもヒューマノイドやホログラム展示がされているが、全てのロボットとヒューマノイドが足止めに借り出されていて、もぬけの殻だった。まるで、開発の歴史そのものが消されてしまったかのようだ。

 博物館を奥へ進み、ほぼ中心まで来ると、あたしがさっき見送った彼女の展示スペースに、小銃を脇に携えてジャカロの西銘代表が座っていた。


「代表。連れて来ました」

「いらっしゃい。さっきの放送から、1時間と15分か。ちゃんと約束の時間内に来てくれたね」


 スマホで時間を確認した西銘代表は、微笑を浮かべて穏やかそうな口調であたしを迎えた。

 さっきの放送が初見だったけれど、あれは心象を良くする為の演技で、本当はもっと悪漢の顔付きなのかと想像していたから、ちょっと拍子抜けした。


「まずはお礼を言わせて」

「お礼?」

「外で暴れてた子たちを止めてくれて、ありがとう」


 あたしを排斥する相手とは言え、礼儀としてまずは感謝の言葉を贈った。しかし。


「いいんだよ別に。きみが来るまでは、邪魔をされたくなかったからね。だから、きみがここへ入った直後に、また暴れ始めてもらったよ」

「そんな……今すぐ止めて!」

「残念だが、そんな約束はしていないから無理だ」


 あの子たちをただの道具にして他者にその存在意義を奪わせただけでなく、あの子たちを思うあたしの気持ちまでぞんざいにされた。

 無事な子たちだけでも助けられたとすっかり安心していたあたしは、裏切られて凄くショックだった。

 彼の思考が理解できなくて、また許せない気持ちが生まれて、怒りに支配されてはいけないと必死に感情をコントロールしようとした。けれど、さっきはできたのに上手く調整ができず、完全に怒りを消しきれない。自分でもどうしてかわからなかった。

 でも、何とか悲しみの割合を増やして怒りを抑え込み、無情の振る舞いへの抗議を表情で訴えた。その私に対して、西銘代表は口角を上げた。


「いいね。人工物のくせにいい表情をする。何も恐れていない、正義感に溢れた鬱陶しい顔付きだ。その顔に私の心は震えている。そして堪らなく衝動に駆られる。今すぐきみを破壊したいと、私の魂が叫んでいるよ」


 穏やかで、包み込むような口調。だけど穏やかな中に、不純物が混ざっているのがわかる。鋭利で禍々しいものを隠せずにいる。


「あたしの中にガラス固化体があることは、知ってるんだよね。今使ってるものは、新しいものに交換してまだ一年と経ってない。だからもしも漏れたら、この街全体が立入禁止区域になる。そして、貴方は放射能を浴びることになる」

「心配しなくても、まだ壊すつもりはないよ。でも、覚えておいてくれ。残りの要求が全て通っても、きみが無茶なことをすれば、私は迷わず動力源を撃つ。放射能を浴びるのも構わないよ。そのくらいの覚悟で私はここにいる」


 西銘代表はにこやかに、命を捨てる覚悟を口にした。周囲の無関係な人たちの命は気遣ったのに、最優先してもいい筈の自分の命はどうでもいいと考えているのだろうか。あたしには信じられない。この復讐にそれだけの価値があるとでも言うのだろうか。

 すると、西銘くんがあたしの前に歩み出た。


「代表。差し出がましいことと承知で言わせて頂きますが、なにも代表の身を危険に晒してまで、計画を完遂させることはないと思いますが」


 早くも西銘くんは、思い止まらせようと試みを始めた。


「ここまでやらないと、政府は本気だと捉えてくれないよ」

「しかし、機会は今回だけではありません。ご自身の命をかけることもないのではありませんか」

「何故お前はそんなことを言うんだ。本当は、私の計画に反対しているのか」

「いいえ。そんな……」


 けれど、西銘代表に睨むように鋭い目を向けられて、焦って発言した西銘くんは畏縮してしまう。

 この僅かなやり取りを見ただけで、西銘くんの代表への発言権はないと同じだとわかった。やっぱり、あたしが先に代表と話をして恨みやわだかまりを少しずつ解した方が、西銘くんの説得も聞き入れやすくなるだろう。

 あたしはさっそく、話し合いを試みた。


「ねえ。あたしに話をさせてほしいんだけど」

「何を話すんだい」

「貴方の意志を翻意させる為の話し合い」

「はははははっ!」


 西銘代表は大口を開けて笑った。


「私を止める為か。だから素直にここにも来たのか。そんなに私は簡単な男だと見られているのかな」

「本当に貴方を説得できるかは、今のところあたしに自信はない。だけど、次の要求のタイムリミットまで、あと6時間40分もある。それまでの間、時間潰しでもいいから話をさせて」


 説得なんて無駄だ、話なんて聞く訳がないと言われて、話し合いを拒絶されてもおかしくないと思っていた。けれど。


「……まぁ、いいよ。橋渡しの仕事ができないまま、破壊されるのも嫌だろう。折角だから、きみの手腕を拝見させてもらうよ」


 話し合いに応じるかは五分五分だと思っていたけれど、余地があったのは意外だった。だけどこれは、チャンスが与えられたということ。この話し合いで西銘代表の意志を少しでも変えられれば、将来的に親子関係の修復も可能になる筈だ。

 西銘代表は展示台に胡座あぐらをかき、さっきまでの禍々しいものをなくして話を聞く姿勢を見せた。けれど、すぐに手が届く所には銃がある。なるべくそれに手が伸びるような話の運びにならないように注意して、あたしは話し始めた。



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