第10話




「ねえ。西銘くんはどう思ってるの。西銘くん自身は、この方法は合ってると思ってるの?」

「代表が決めたことなら、正しいに決まってるだろ」

「代表が決めたから、西銘くんは協力してるの?」

「そうだ。これは、代表がずっと昔から望んでいたことだ。この変革が遂げられれば、代表の悲願が叶う」


 その言葉には、少しの疑いもなかった。西銘くんは、お父さんのことを迷いなく信じていた……と言うか、支持をしていた。


「代表って、お父さんだよね。お父さんの願いを叶える為に、西銘くんは銃を持ってるの?」

「そうだ。俺は、代表の願いを叶えたい。代表の復讐の意志が消えるまで、俺は側で支える。代表の為なら何でもやる」

「お父さんの為? それじゃあ、西銘くんの意志はないの?」

「言っただろ。荷担するのも俺の意志だと」


 西銘くんは、罪になるとしてもお父さんの為だと言い切った。お父さんが決めたから。お父さんの望みだから。お父さんの意志だから。判断基準が全てお父さんだった。あたしはそれが、とても不自然だと感じた。


「それは、お父さんがテロ行為を望んだからでしょ。西銘くん自身は、テロ行為をしたいって思ったの?」

「俺?」

「お父さんの力になるのは、家族なら当たり前だと思う。でも、テロ行為は犯罪だよ。西銘くんは、家族が犯罪者になるのを応援するの? 犯罪者になって嬉しいの?」

「そんな訳ないだろ」

「じゃあ、お父さんに犯罪者になってほしくないんだね。それなのに協力してるのは、なんでなの?」

「だから、代表の為だって言っただろ」


 同じことを言わされる西銘くんの眉が、また徐々に顰められていく。


「息子なら従えって強制されたの? 言うことを聞かないと、酷いことをされるの?」

「そうじゃない。て言うかもう黙れよ」

「息子を犯罪に巻き込むなんて、普通なら考えられないよ。お父さんは、西銘くんが大切じゃないの? 家族なら守りたいって思うんじゃないの?」

「……るせぇ」

「お父さんは、家族の西銘くんのことをどう思ってるの?」

「っるせぇんだよ!」


 苛立ちが限界を超えた西銘くんは、あたしを狙って二発発砲した。一発は右側頭部を掠め、もう一発は右肩に命中した。

 聴覚センサは一瞬エラーを起こしたけど、すぐに回復した。けれど、右肩に命中した弾丸は貫通せずに中に残り、肩の可動が困難となった。それでもあたしは一切取り乱すことなく、話し続けた。


「自分の息子を犯罪に荷担させることを何とも思ってなくて、父親を犯罪者にすることも何とも思ってないなんて。それは本当に家族って言えるの? そんな関係は、親子じゃないんじゃないの? それは、命令を従わせる人間と、命令に従う人間だよ」

「……そんなことはない」

「西銘くん自身はそう信じてるかもしれないけど、あたしには、二人の関係が親子じゃないように思える。お互いに罪を犯すことを許してる二人は、本当にお互いを大切に思ってるの? 自分の家族を“愛してる”の?」

「代表のことを悪く言うな!」


 怒鳴る西銘くんの声音は、動揺していた。多分、あたしを撃ったことにじゃない。銃を構える手は震えていないから。

 恐らく、お父さんのことだ。

 西銘くんはお父さんのことで、何かを抱えているのかもしれなかった。お父さんの話をし始めてから様子が変わったから、きっとそうだ。

 だからあたしは、問い質して追い詰めないように、穏やかな気持ちを取り戻して西銘くんに聞いた。


「あたしはただ、本当の親子の在り方を聞きたいだけ。ねえ。西銘くんは、お父さんが好き?」

「俺は……」

「あたしは、あたしを造ってくれた躑躅森ツツジモリ博士が好き。喧嘩もしたけど、本当のお母さんみたいに心配してくれるし、大切にしてくれるから。あたしをずっと見守ってくれた博士はあたしのお母さんで、これからも家族のような関係を続けて、一緒に生きていきたいと思ってる」

「おれは……」


 西銘くんは答える代わりに、その顔をだんだんと苦悶の表情へと変えていった。信じるものへの不安と、信じるものを信じられなくなることへの恐れを、拒絶しつつも目を逸らせなくなっている。自分の信念が揺らいで、確信を見失いかけているようだった。

 西銘くんはお父さんとのことで、ずっと不安か何かを抱いていたのかもしれない。そのことが解消できなくて困っていて、頼れる人もいないのかもしれない。

 あたしは西銘くんに近付いて左手を伸ばし、未だ向けられる銃のトリガーに指をかける彼の手に、そっと触れた。


「西銘くん。あたしは、ミヤちゃんの願いを叶えたくてここに来たの。西銘くんを助けたくて来たの。だから、もしもできるなら、あたしに西銘くんを救わせて」


 西銘くんは、あたしの手を振り払わない。向けられた目にはあたしへの不信があったけれど、トリガーを引こうとも、触れた手を拒もうともしなかった。


「……お前なんかにできるのかよ」

「わからない。抱えてる憎しみや不満を、全て取り除けるかも。だけど今、あたしは一番、西銘くんを救いたい」


 西銘くんの本心はわからない。何も言わないけれど、心の中であたしを罵倒し続けているかもしれない。例え、この葛藤している間が時間稼ぎで、1秒後に全身をバラバラにされたとしても、目の前にいる助けるべき彼を見捨てたくない。

 あたしは、思いが伝わってほしいと願いながら、真っ直ぐに西銘くんを見つめた。すると、銃を握る西銘くんの手が、ふっと緩んだ。

 そしてトリガーから指を外し、銃を下ろした。


「……俺には、何もわかんねぇ。どうするのが正しくて、何が間違ってるのか」


 まるで途方に暮れたように、西銘くんは言った。

 そして、これまでの自分の家族のことと、変わってしまった家族のことを、切なさを零すように語りだした。



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