第9話
イサナギファンモールまでは、直線距離でおよそ300メートルあった。あたしは、後ろから西銘くんに銃口を向けられながら歩いた。
「来るの早かったな。よく政府が許可したな」
「誰とも相談してないよ。あたしの独断で来たの」
「利口じゃん。これで俺たちを制圧できたらもて
「あたしは、もたらされる利益なんて考えてないし、そんなことどうでもいい。西銘くんともう一度話がしたくて来たの」
「うざ。お前と話すことなんてなんにもねぇよ」
「それに、ミヤちゃんの助けになりたいから」
「桐島?」
「ミヤちゃん、西銘くんのこと心配してた。付き合ってることも聞いた」
あたしがそれを言うと、不都合があったのか西銘くんは舌打ちをした。きっと付き合っていることは秘密で、誰にも言わないと約束していたんだ。だからミヤちゃんも、ずっと隠してたんだ。
「ミヤちゃん、西銘くんを説得して止めてほしいって、あたしにお願いしたの。本当は優しい人だから話せばわかるって。だから助けてって。凄く心配そうで、不安になりがら」
あたしは前を向いて歩きながら、後ろの西銘くんに伝えた。
聞いた西銘くんは、恋人のミヤちゃんを気にかけることを言うと思った。恋人同士なら、相手のことを思うのが普通だから。だけど、そんな言葉は出なかった。
「桐島は、もう関係ない」
その言葉には、感情が何もない感じがした。
「関係ないって。なんで? ミヤちゃんのことが“好き”なんじゃないの? 付き合ってるんじゃないの?」
「お前に関係ないだろ」
「関係なくない!」
あたしは立ち止まって振り返った。
「ミヤちゃんはあたしの友達だし、西銘くんは昔のクラスメートだもん」
「どんな関係だろうが、お前が首突っ込むんじゃねぇよ。うぜぇわ。てか、人質なんだから大人しく歩け」
西銘くんは不快な顔をして、話を広げるのを拒んだ。
ミヤちゃんのことは、嫌いになってしまったのだろうか。それとも、最初から本気じゃなかったのだろうか。わからないことを知りたいあたしは、西銘くんに問い質そうとした。
「誰かを“好き”になることって、そんな簡単に諦められることじゃないんでしょ。それなのになんで、関係ないなんて言うの? 西銘くんには、ミヤちゃんの気持ちが全くわからないの?」
「わからない訳ないだろ!」
西銘くんは声を荒げた。ついさっきは感情のない言葉を言ったのに、今度はその声音に苛立ちを、表情には僅かに辛そうな感情を表していた。
「それじゃあなんで?」
あたしは繰り返し問いかけた。嫌悪して、話したり一緒にいるのさえ
けれど、その予想とは反した答えが返ってきた。
「……不幸にさせない為だ」
相手を傷付けるような棘などない、思い遣りの言葉を言った。全く知らない、あたしの前に初めて現れた西銘くんだった。
「それは……ミヤちゃんを大切に思ってるから? 巻き込んで、傷付けたくないから?」
「お前にわかる訳ないだろ」
「わかるよ。昔はたくさんのことがわからなかったけど、今はわかったことがたくさんある」
この西銘くんとなら、ちゃんと話せる気がした。西銘くんを理解できそうだと思った。
「“不幸”にさせない為ってことは、ミヤちゃんには“幸せ”でいてほしいんでしょ? あたしはまだ“幸せ”はわからないけど、それは、“好き”な人を大切に思ってないとそうは願わないと思う。あたしも、ジャカロに狙われ始めてから、周りの大切な人たちを巻き込みたくないと思った。西銘くんも、ミヤちゃんを大切にしたいから、巻き込んで傷付けたくないから、もう関係ないなんて言ったんだよね……。
でも。その選択は合ってるの?」
「は?」
「危険なことに巻き込みたくないから関係を断ち切るって、本当に正しい選択なの? 西銘くんがまだミヤちゃんのことを“好き”でそう思うなら、こんなことはやめて、ミヤちゃんの気持ちを尊重してあげてよ」
思い遣れる気持ちがあるのなら、ミヤちゃんの気持ちを汲み取ることもできる筈だと思った。思い止まれば罰も軽くなって西銘くん自身の為にもなるし、ミヤちゃんの不安も軽減できる。
けれど西銘くんは、それを拒絶した。
「それは無理だ」
「なんで?」
「桐島を遠ざけたのも、テロに荷担するのも、そうしたいと自分で強く願ったからだ」
ミヤちゃんを大切に思うこととテロに荷担することは、同じくらい大事なことだと言うのだろうか。西銘くんが考えていることが理解できなくて、あたしは首を横に振った。
「……わからない。わからないよ。ミヤちゃんの気持ちを知らない振りするのもわからないし、気持ちを無視してまでテロに荷担する意味もわからない」
「その必要があったから選択しただけだ」
「擦れ違った二人は、ちゃんとわかり合えたんだよ? なのに、また一方的に突き放すなんて……テロに荷担するよりも他の方法を選んでいれば、そんな選択する必要はなかったんだよ。二人の和解が話すことの意味を証明してるのに、同じ方法であたしたちと向き合おうと思わないの?」
「あいつとお前らを一緒にするな!」
西銘くんの形相がガラリと変わった。あたしがよく知る鋭い目付きと声音に変えて、黒く鈍く光る銃口を向けた。
「あいつとは、同じ人間だから話してわかり合えた。だが、機械のお前らとそう簡単に和解できると思うか?! 確かにお前は人間に近くなったようだが、俺たちの積年の恨みを甘く見るなよ。話し合いだけで全て丸く収まると思うな!」
「それじゃあ、武力で一方的に抑え付けるの?」
「俺たちの宿願は、AI及びそのシステムを搭載するものの排除。ジャカロ創設から変わらない志だ」
あたしはまた首を振った。
「違うよ西銘くん。昔のジャカロは、平等な雇用と、全ての国民がこれまでと変わらない生活水準を保てる社会づくりを訴えて、周りの困ってる人たちを助けてきた筈だよ」
「そうだ。だが心の中では、増え過ぎた技術を邪魔だと思っていた。自分たちの居場所と生活を奪ったやつらを憎んでた」
「創設者がそう言ってたの? それならなんで、AI孤立者や孤立国の支援なんてしてるの? やってることと気持ちが矛盾してるよ」
「この社会で生きる為だ。排斥運動をするだけでは生きられない。だから、シビリロジー技術には触れないように、技術を提供する企業との仲介や研究施設の設立支援をやむ無く始めた。非営利団体を隠れ蓑にして、支援を乞うやつらや援助を望むやつらを欺きながら少しずつ資金を集めた。かつての人間社会を取り戻す契機を待ちながら」
ジャカロという存在の正邪は昔から問われていたけれど、正は表層だけだと西銘くんは言った。果てしない年月をかけても恨みを晴らしたいと願うその怨恨は、根深い。集まった信頼を、トランプを捲るように簡単に欺ける程に。
「ジャカロの恨みは理解した。でもそれは、武力を行使しないと叶えられない望みなのかな。ジャカロは排除したいかもしれないけど、人間が必要としてくれてるからあたしたちは社会で共生してるんだよ?」
「大勢が味方だから、お前らの存在は正しいのか。少数は間違ってるとでも言いたいのか」
「西銘くんがテロに荷担する理由とジャカロという居場所があるように、あたしたちにも同じものがある。それなのに一方的に武力で略奪するなんて、それは、気に入らないって理由で無差別に人を殺す犯罪者と変わらないよ!」
「頭がイカれたやつと一緒にするな。俺たちの行いには意義がある。破壊する道理も存在する!」
「道理なんて……」
更に反論しようとすると、西銘くんはあたしの足元に向けて発砲した。実弾がコンクリートにめり込んだ。
「そのうざってぇ正義感やめろ! 次は当てるぞ!」
「撃ちたかったら撃っていいよ。あたしは何度撃たれたって、わかり合えるまで立ち続ける」
何も恐れないあたしは、例え最後に片足一本だけになっても諦めないつもりだった。片足だけなんて部品に過ぎないし、でも実際に手足がなくなったら何もできないけど、そのくらいの覚悟でいた。
西銘くんはあたしを睨み付けているけれど、次を撃つ様子はなかった。だからあたしは、西銘くんを信じて対話を続けた。
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