第8話




 ダダダダダダダッ!


 連続で発砲する音が、近付く前から聞こえていた。

 あたしは警察の目を掻い潜り、イサナギファンモールが目と鼻の先の交差点までやって来た。大通りでは、さっき報道されていた制圧作戦が繰り広げられていた。

 彼らから数十メートル離れた正面に、多くのロボットやヒューマノイドが群れをなしていた。配膳ロボットやコンシェルジュヒューマノイド、介護ロボットやメイドヒューマノイドなど、周辺で働いている仲間たちが集結しているようだった。

 その数は、優に100体を超えている。既に機能停止させられた子もいるけれど、立ち向かって来る個体は跡を絶たない。アナウンサーが言っていた通り恐らく諌薙市全域から集まって来ていた。

 あたしの仲間たちは、手にした武器を振り回したり前方に投げ、危険な行為を繰り返していた。本当ならプログラムされていない筈の暴力を「嫌だ」とも「やめたい」とも言えずに、命ぜられるままに振るっている。

 特殊部隊は、湧いて出るように立ち向かって来る子たちを、短機関銃や自動小銃で躊躇なく攻撃している。武器はあっても防御をする術は持っていない仲間たちは、ただただ銃弾に倒れ、地面に転がる。

 まさに、戦争の光景だった。


「酷い。武器で制圧しようだなんて。みんなが暴れてるのは、自分の意志じゃないのに!」


 その中に、よく会いに行っていた博物館のINDタイプの彼女もいた。彼女はベンチを盾に銃撃を凌いでいた。

 彼女のまだ無事な姿に安堵した瞬間、高所から頭部を狙撃されて動作が停止し、直後に胸部が撃ち抜かれ、彼女は倒れた。


「ダメ! 撃たないで!」


 あたしは何も考えずに、無数の銃弾が飛ぶ中に飛び出した。


「銃撃止め!」


 あたしを普通の人間だと思った特殊部隊の隊長は慌てて命令して、銃撃はいったん止んだ。

 倒れた彼女に駆け寄ったあたしは、身体を抱き起こした。左前頭部に穴が空き、胸には銃弾がめり込んでいた。他にも、腕や足の至る箇所に擦過傷があって、骨組みのカーボンが見えていた。


「危険だ! 一般市民は下がりなさい!」


 隊長の人が拡声器で勧告したけど、あたしは無視した。腕の中の彼女が何かをしゃべろうとしていたから、耳を傾けていた。


「わ……わた、シは、INDタイプ、ノ、プロト、タイプ……でス。よろシ、ク……お願、イしま、ス……」

「……ごめんね。何もできなくて。助けられなくて」

「ワタ……し、ハ……ミナ、さ、ンガ……だイ、ス、き……デす……」


 その言葉を最後に、彼女は完全に沈黙した。“大好き”な人間を見ていた瞳は虚空を見つめ、“愛される”ために言葉を紡いできた口は永遠に閉ざされた。


「……今までありがとう。お疲れ様」


 これまで彼女が仕事に携わってきたことへの労いと、あたしの相談相手になってくれたことに感謝して、歩道の端に優しく寝かせた。


「そこのきみ! 聞いているのか! 今すぐそこから離れなさい!」


 隊長がもう一度あたしに勧告した。けれど再びその声を無視して、あたしは黒い部隊を睨み付けた。


「なんでこんなことするの! この子たちは誰かに操られてるだけなのに! 一方的に傷付けるなんて間違ってる!」

「ここは危険だと言っている! おい。誰か保護しろ!」

「あたしに近付かないで!」


 仲間をこんなにも無情に葬る人間を、あたしは許し難く思った。方法は他にもあった筈。人間にしか持ち得ない方法で解決しようとするのは、それは勝手過ぎるんじゃないか。なんで、あったかもしれない最善の方法を捨てたのかと。

 考えれば考える程、敵対しそうになった。けれどそれは、自分の存在理由をゼロにしてしまう。だから、憎しみと悲しみが占める割合が少なくなるように、感情を強引にコントロールした。


「あたしは呼ばれたからここに来たの。あたしの仕事の邪魔をしないで」

「何なんだきみは。テロリストの仲間か!」


 あたしをジャカロと勘違いした特殊部隊の隊員たちは、一斉に銃口を向けた。何処かのビルの屋上にいるスナイパーも狙っているだろう。でもあたしは毅然と立ち、微塵も恐れなかった。


「あたしは、」

「そいつは俺たちの客だ」


 人質になりに来たことを説明しようとしたところへ、ジャカロの一人があたしを迎えに来た。武装した西銘くんだ。


「こいつに掠り傷の一つでも付けてみろ。タワーが倒れて瓦礫の山ができるぞ」


 そう警告して、特殊部隊に小銃を向けた。現れた本当に制圧すべき対象に、特殊部隊の全ての銃口が向けられた。

 一触即発の場面に、あたしはわざと特殊部隊の弾が当たりそうな位置に立った。


「西銘くん、銃を下ろして。特殊部隊の皆さんも。あたしは人質になりに来たんです。あたしが行かないと、状況が膠着するだけです」

「銃を下ろせって。お前は俺に死ねって言ってんのか」

「あたしは武力に頼ってほしくないだけ。それより西銘くん。この子たちが暴れてるのは、ジャカロの仕業なんでしょ。あたしを連れて行く前に、この子たちを止めて」

「人質のくせに要求するのかよ」

「お願いを聞いてくれないと、あたしは安心して人質になれない。その銃を奪って、自分を撃ってもいいんだよ?」


 これから橋渡しになるヒューマノイドが脅しなんて、由利さんとかプロジェクトチームの人に聞かれたら叱られそうだ。でも、この子たちを見捨てて行けなかった。

 西銘くんは眉を顰めて大きく舌打ちしたけど、わりとすぐにイヤホンマイクで誰かに相談してくれた。


「わかりました……すぐに止める。こいつらは、お前が来るまで邪魔をされないように暴れてもらってただけだ」

「ありがとう」


 あたしの要求なんか突っ撥ねられると思っていたけれど、案外受け入れられてちょっと調子が狂いそうだった。

 停止の可否を聞いた相手はきっとジャカロの代表だろうけど、すんなり聞き入れてくれたと言うことは、みんなが思っている程の悪党ではないんだろうか。


「代表が待ってる。行くぞ」


 西銘くんは小銃で進行方向を指して、あたしに前を歩かせた。あたしが人質だと聞いた特殊部隊は下手に手出しはせず、連れて行かれるあたしを大人しく見送った。



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