第5話
大通りに出ていたあたしとミヤちゃんも、ビルの巨大モニターを見てそのメッセージを聞いた。イサナギタワー方面から一時難を逃れた人々も立ち止まって見ていたけれど、たちまちパニックになって一斉に思い思いに逃げて行く。
ところが、交通網は完全にマヒしていた。自動運転のトラムは停留所でもない場所で停まり、乗客はみんな自力で降りて逃げたり、バスに乗ろうと押し寄せていた。けれど、車で避難しようにも渋滞が起きていた。あちこちからクラクションが鳴らされ、余儀なく車を放棄する人もいた。地下鉄の駅にも人が溢れた。
映画で観たことのある風景が、細かな描写まで再現されているように目の前で起きている。
この混乱で、あたしの付き添いの人とは完全にはぐれてしまった。周りでは電話をしている人がいるのにあたしは電話が繋がらず、GPSを使おうとしても接続できずで、探すのは困難だった。
「ねえ。まさか、リョウヘイくんも関わってるのかな。もしもそうだったらどうしよう……ねえ、コウカちゃん。コウカちゃんなら止められる?」
「え?」
「コウカちゃんは、ジャカロみたいな人たちを救うヒューマノイドなんだよね? だから、リョウヘイくんも止められるんじゃない?」
「それは……」
「私、リョウヘイくんにこんなことしてほしくないの。でも、止められるのはコウカちゃんしかいないと思うの。だからお願い。リョウヘイくんを止めて!」
ミヤちゃんはあたしに縋り、恋人の救出を懇願した。
もしもファンモールに西銘くんもいるのなら、素直に人質として行って、説得をして救い出すこともできるだろう。
でも、あたしは決められなかった。ミヤちゃんの願いを聞き入れたい気持ちは、十分にあった。けれどどうしても、首を縦に振れなかった。
人々は湧いてくるように逃げて行く。この近辺にも爆弾が仕掛けられていないとも限らないから、ミヤちゃんも避難させた方がいい。今はここに留まるよりも、多少強引にでも安全な場所に連れて行くことが先決じゃないだろうか。
だけど躊躇して、自分の考えを口にできない。その時だった。
「コウカさん!」
避難する人の群れ中から、ユウイチさんが駆け寄って来た。
「ユウイチさん!?」
「どうしてここに?」
「それよりも、ファンモールの方はどうなってるか知ってる? 状況は!?」
ユウイチさんがさっきの映像を観たかと聞いて、あたしは「見た」と簡潔に答えた。
「ファンモールの近辺で何度か爆発が起きてて、見ての通り大混乱だよ。自動運転のトラムは全部止まってるし、広い範囲で通信障害も起きてるみたいで、電話やインターネットに繋がりにくくなってる」
「爆発に巻き込まれなかった?」
「大丈夫。武装した数人の男がいきなり市役所に乗り込んで来て、お客さんと職員を全員追い出したあとに爆発があったから。今は、同僚たちと一緒に逃げるところだったんだ」
「ジャカロが直接危害を加えたりは?」
「してない。武装はしてたけど、一般市民に対してそういったことはしてなかったと思う。だけど逃げて来る途中、大量のロボットやヒューマノイドがイサナギファンモール付近で暴れてたのを見た」
「暴れてた? なんで!?」
「とにかく混乱していて、状況がよくないことしかわからない」
さっきまで危険な現場にいたその表情は、事態は火急だとあたしたちに教えていた。爆発は一旦収まっているようだけど、油断はできない状況だ。
「二人も早く逃げた方がいい。一緒に避難しよう」
ユウイチさんは、一緒に行こうとあたしたちに促した。だけど、ミヤちゃんは避難したがらなかった。
「ダメ。私は逃げられない。リョウヘイくんがいるなら助けたい!」
「友達とはぐれたの?」
「ううん。ミヤちゃんの彼氏なんだけど……ジャカロの一員なの」
「えっ……」
ユウイチさんは眉根を寄せた。
「コウカちゃんお願い。リョウヘイくんを説得して。話せばわかる筈なの。本当は凄く優しい人だから。だから助けてあげて!」
ミヤちゃんはあたしの上着を掴み、涙目になり必死になって懇願する。あたしは返事ができずに困りながら、昔のミヤちゃんとは違うなと感じていた。
大人しくて控えめで、恋愛には奥手な印象があった。そんな彼女が、危険な状況だと承知しているのに、こんなに必死になって大切な人を見捨てず守ろうとしている。それだけ西銘くんが“好き”で、そこには“愛”もあるのだろうかと考えた。
「コウカさん。もしかして行くつもり?」
あたしが判断に迷っているように見えたユウイチさんは、聞いた。
タイムリミットが設定された以上、刻一刻を争う今は答えにためらっている時間はない。あたしは、ミヤちゃんの懇願に対する正直な答えを、ようやく口にした。
「……独断は、やめた方がいいと思う。もう、お母さんたちに迷惑はかけられない」
「……なんで?」
思いも寄らない答えが返ってきて、ミヤちゃんは憮然としながら聞き返した。
「ミヤちゃんの為なら、あたしは行きたいよ。西銘くんを助けられるなら行くよ。ジャカロの代表とも話して、この事態を沈静化させることもできるなら、すぐにでも動くよ。要求を飲んで人質にだってなる。
……だけど。今のあたしには説得できる自信がない。あたしは所詮は人工物で、いつまで経っても不完全で、頼りない存在だから。どんなに人間に寄せて造られたって、ニセモノには変わりない」
あたしは、周りの人に恵まれている。だから、どんな壁にぶつかっても、困難に遭遇しても頑張れた。
だけど、以前西銘くんに言われた言葉が、
あたしはただの人形で、ロボットやヒューマノイドは人間に友好的だと印象を与える為だけの存在。あたしがしゃべってる言葉も、表情も、仕草も、全部計算したもので、全部がニセモノで造り物で、人間ぶっているだけ。
その言葉があたしを押さえ付け、本来ある筈の責任感や使命感を奪っていた。
「言葉を話せても、感情を表現できても、年月を重ねて入出力を繰り返して学習したデータを、状況に合わせて出力しているに過ぎない。そんなものが、あたしを排斥する人間に届くとは思えない」
「そんな……」
「ミヤちゃん。あたしは、西銘くんを助けられない。ごめんね」
あたしは友達に、酷い宣告をした。裏切ることを知りながら言った。だから、目を合わせて謝れなかった。
きっとあたしなら助けに行ってくれると思っていたのだろう。不可能を断言されたミヤちゃんは、希望が絶たれて茫然とした様子で、言葉を出さなかった。
もしかして、この答えは間違っていたのだろうか。この場合は、無理にでも友達の願いを聞いてあげるべきだった。あたしは人間のために存在するヒューマノイドなんだから、自分の状況なんて無視して願いを聞き入れてあげるべきだったんだ。
それを理解しているのに、どうしてあたしはできないと言ってしまったんだろう。
すると、少し沈黙があってからミヤちゃんが口を開いた。
「もしかして。壊されるかもしれないから、本当は怖いの?」
「そんなことない」
「嘘だよ」
顔を上げたミヤちゃんの表情は、絶望と懐疑が混在していた。
「何か本当の理由があるんでしょ? 私が助けてほしいってお願いしてるのに、言い訳みたいな理由で断る筈ないよ。だってコウカちゃんは、
諦めきれないミヤちゃんは、またあたしの上着を掴み、問責するように言った。今まであたしに対して見せたことのない表情は、引け目を感じるあたしを戸惑わせ、追い詰める。
「コウカちゃんが助けてくれなかったら、リョウヘイくんはどうなるの? 警察に捕まって刑務所に入れられるの? 死刑になったりしないよね!?」
「桐島さん、落ち着いて」
ユウイチさんは取り乱すミヤちゃんを宥めようと、優しく声をかけて肩に手を添えた。
あたしを責めるミヤちゃんの目には、次第に涙が浮かんでくる。
「そんなのやだよ。再会して、昔は知らなかったいいところを知れて、好きになれたのに……リョウヘイくんは、本当に優しい人なの。思い遣りもあって、私の過去の傷も償いだって言って治してくれたの。そんな人を助けられるかもしれないのに、何もしてくれないの?」
「……ごめん」
これ以上何を言っても言い訳を重ねるだけだとわかっているあたしは、かける言葉も見つからなくて、単純な謝罪のひと言しか言えなかった。
あたしもできることなら、友達の期待を裏切りたくない。けれど今のあたしは、誰かを救うだけの力を持ち得ない。小さな揉め事なら説得を試みようと思っただろうけれど、テロリストを説得してやろうなんて気概は全くない。相手が、あたしを全否定した西銘くんなら尚更。
あの時何も言い返せなかったのに、武装している彼を前にして何を言えるだろう。もしも銃を向けられたら、誠意を持って銃弾を受け止めるだけかもしれない。
俯くミヤちゃんは、肩を落としていた。希望を絶たれて愕然としていた。
「……わかった」
「本当にごめ」
「コウカちゃんは人を好きになれないから、私の気持ちもわからないんだ」
そのひと言で、唯一かけられる謝罪の言葉すら飲み込んで、何も言えなくなった。
あたしから裏切ったのだから、言い返すなんて許されない。その失望の言葉はあたしへの罰で、事実なんだから。
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