第7章 わかり合いたいこと─望み─
第1話
西銘は近頃、ある計画の最後の準備で殆ど本社の自室に籠もっていた。何度も念入りに詳細やタイミングを見直し、計画実行時に使用する輸入した
パソコンを睨みながら作業をしていると、海外の“お手伝いさん”から一件のメールが届いた。西銘はすぐさまメールを開き、英語の文面を読む。そして添付ファイルを確認すると、突然笑い出した。
「はははっ! 何だこれは!」
「代表?」
一緒にいたリョウヘイが、突然の笑い声に顔を上げた。
「これを見てくれ」
西銘はリョウヘイを呼び、添付ファイルを見るよう言った。どんな笑う程変なものが送られて来たのかと思いながら、リョウヘイはパソコンを覗いた。
それは、海外のハッカーが盗み出した、ドーニアタイプヒューマノイド
「これは……やつの設計データですか。ということは、やっと動力源の秘密が」
「ここを見てみろ」
口元が緩んだままの西銘が指差した胸部の箇所に、リョウヘイは注目する。そして指し示された動力源の正体に、目を見開いた。
「vitrified waste……ガラス固化体!?」
「面白いだろう? あのヒューマノイドには、既にガラス固化体がエネルギーとして使われていたんだ。詳細を秘密にしていたのも納得だ。本体が造られ始めた時から、搭載することを前提で同時進行で開発が進められていたんだろう。やってくれるなぁ。ははははっ」
「……何故、笑っているんですか」
深刻な事実の判明にも拘わらず、憤るとは真逆の愉快な感情を表している西銘のことが、リョウヘイには理解不能だった。
「だって、おかしいじゃないか。初めて造りますという口振りで発表しておきながら、裏では19年も昔からテストが行われていたんだぞ。周りの人間はそれを知らずにアレに近付き、一緒に勉強したり遊んだりしているんだろう?
政府は堂々と国民を欺いていたということじゃないか。我々を反社会的だと言って悪者扱いしているが、政府も大概だと思わないか」
時間は、午後のワイドショー番組が放送されている時間帯だった。テレビを点けると、政府のガラス固化体エネルギーの実用発表を受けての街頭インタビューが流れていた。
インタビューを受ける街行く人々は、「安全性が保証されているのなら問題ない」「自分たちが直接接することがない工場のロボットなら、安心できる」と、問題解決に理解ある賛成の声がある一方、「安全性が明確に説明されていない」「エネルギーとして利用できるのはいいが、生産に関わる人間の健康は保証されるのか」「なんでもう生産できる準備が整っているのか」や、「放射能漏れが怖い」と恐れているなど、疑問や不安の声も多くあるようだった。
「政府は、国民が懸念を抱くことも発表前から承知している筈だ。だが、彼らの疑念や不安への対処を片手間に進めるだろう。そうなったら、適当にあしらわれた国民の疑念はどうなると思う?」
「消化されなかった疑念や不安は大きな不満となり、反発するようになる」
「そしたら政府は、理解を求めようとするだろう。しかし、できるだけ早急に解消したい問題に対して、政府は悠長に同意を求めるつもりはない。そして、既に生産され稼働している事実は、どんな手段を講じようとも隠蔽は免れない」
これからの政府の対応をまるで見て来たように語った西銘は、おもむろに立ち上がり、組織の理念が掲げられた額を見上げた。
「我が組織の理念の『平等』は、国に住まう全ての人々の為に掲げられたもの。今回の問題は、我々が国民に寄り添い、共に立ち向かわなければならない。それが我々の使命だ」
国民の理解のもとで開発・実用化するのであれば、不満も不安も少なかっただろう。しかし西銘も含め、問題解決の為の唐突な発表は政府への疑念を抱かせた。
その開発は何の為で、誰の為なのか。果たして、目的が先まで鮮明に見通せているのか。国民の意志を蔑ろにしていないか、と。
「だが、生温い手段では相手にされない。聞く耳を持たないのなら、
創設者から受け継がれてきた理念を、西銘は強い意志の眼差しで見つめる。そして改めて、心に抱く目標を叶えると自身に固く誓った。
西銘に正体がバレた辻は、ジャカロ本部ビルの地下の部屋に幽閉されていた。窓もなく、照明だけが照らされる狭い部屋の中で、じっと耐え忍ぶ日々を過している。風貌も変わり、髪も髭も伸び、風呂にも入れてもらえていないから体臭もキツい。
部屋の外には、見張りは一人もいなかった。食事の配膳と片付け、そして排泄をしたい時に出してもらう時以外は、ここには誰も来ない。その代わりに、監視カメラで24時間態勢で見張られている。
物音もしなければ人の気配もなく、その深閑さは時に、亜空間に閉じ込められたような気を起こさせていた。通信手段も全て奪われ、窓がない所為で昼も夜もわからない。
しかし、かけている老眼鏡が照明でも充電可能なAR内臓のデバイスだった為、日時の確認は可能だった。これも奪われていたら、時間の流れの感覚が麻痺して頭がおかしくなっていたところだ。
(幽閉されて何日が経った? クリスマスからだから、一ヶ月経つのか。定期連絡が止まったから、オレの身に何かあったことは本部もわかっている筈。
しかし、こちらから知らせる方法もなければ、向こうも現状を探る手段がない。安否通知用の発信機からの信号を向こうが受信できれいればいいが、できたとしても無闇に乗り込んで来ることもできない。
証拠はまだオレが持っている。これを渡せなければ、ジャカロを取り締まることはできない)
あの時フラッシュメモリを西銘に渡した辻だが、あれは何のデータも入っていないダミーだった。コピーしたデータが記録されている本物は、ある場所に隠していた。
それを何とかして取りに行き仲間に渡したいが、この状況では不可能。無茶をすれば、辻の身が危険に晒される恐れがある。しかしこれでは、潜入した意味も苦労も台無しだ。
為す術もない辻は、途方に暮れる。その時、微かに靴音が聞こえてきた。誰かがやって来る。
靴音は部屋の前で止まると、カードキーで解錠した。
ドアが開くと、そこにいたのはリョウヘイ一人だった。幽閉されてから一度も顔を合わせていなかった相手の来訪に、辻は密かに警戒した。
「くさっ」
「鼻をつまむな。この状況にじっと堪え忍んでるオレに失礼だぞ」
「臭いんだからしょーがねぇだろ」
リョウヘイは臭いを払いたくて手を扇いだ。
「相変わらず失礼極まりないやつだな。で? 三時のティータイムのクッキーでも持って来てくれたのか?」
「それが本当のお前か」
世話係として一緒にいた時とは違い、真面目さが抜けて砕けた言葉遣いで迎えた辻を、リョウヘイは真顔で受け止めた。
「面接は第一印象が大切だ。真面目な会社員なら誰でも信用するだろ」
「見破られたけどな」
「潜入したスパイを見抜くなんて凄いわ。人間をよく観察している証拠だ。なら、その分析力を生かして適正を判断することも得意な筈だが、西銘は自分を俯瞰するのは苦手なようだな」
「代表は、自分が望む未来しか見ていないからな」
「それで。ティータイムじゃなければ、何の用で来た。開放してくれる訳でもないんだろう」
「これを渡しに来た」
リョウヘイはスマホを取り出しアプリを操作すると、辻に渡した。辻は訝しく思いながら受け取り、画面を見た。
それは、イサナギファンモールの見取り図だった。スワイプすると何枚もあり、全ての階がコンプリートされていた。それだけでなく、イサナギタワーの構造までも把握されている。
しかもそれぞれには、何十ヶ所も赤い目印が付けてあった。辻はこの印が何を示しているのかを察し、眉頭を寄せた。
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