第4話
世の中がもうすぐ年越しへ向かう、12月中旬。街はイルミネーションで輝いていた。道を歩けばお店の外も中もクリスマスの装いで、人々の心を踊らせている。
ジャカロでも一応、季節ごとのイベントは意識する。家族を持つ者はプレゼント選びをするし、カレンダーにも書かれているから自然と目に入る。しかし、子供の頃だったら楽しみなイベントトップ5に入る二日間は今年は平日である為、義務である仕事にほぼ費やされる予定だ。
リョウヘイの世話係から事業部へ配属された辻は、とある海外事業の次の展開を考える会議に出ていた。一時間程で会議は終わり、壮年期中盤でありながら一番後輩の辻は、コーヒーカップなどの片付けをすませてオフィスへ戻ろうと会議質を出た。
丁度その時、代表の西銘の元へ向かおうとしていたリョウヘイと久し振りに出会した。
「リョウヘイさん」
「よお。辻」
「お久し振りです。お元気そうですね」
「会議?」
「はい。リョウヘイさんは、経営のお勉強の方はいかがですか」
「お前が俺の心配するのかよ」
「その様子では、いらぬ心配のようですね」
「俺の心配するなんて百年早い」
久しぶりの憎まれ口を叩いて、リョウヘイは去ろうとした。すると、辻は呼び止めた。
「すみませんリョウヘイさん。少しだけ、お時間宜しいですか」
「何だよ」
リョウヘイは少し面倒臭そうな顔をしながらも、世話になった恩を感じてか、辻と共にさっきまで使っていた会議室に入った。
「リョウヘイさんに、これを見てもらいたいのですが」
そう言って辻はタブレット端末を渡し、会議で話し合われた新規事業計画書を見せた。リョウヘイは1ページずつスワイプして、内容をひと通り読んでいく。
「この計画書を見て、どう思われますか」
「なんで俺に聞くんだよ。代表に聞けばいいじゃん」
「近頃はお忙しいようなので。リョウヘイさんも、代表が何か仕事をされていることはお気付きに?」
「当たり前だろ。いつも一緒にいるんだから。で。これは、この前ひと区切りしたプロジェクトの次の段階の計画か」
「はい。先程の会議で、もう少し詰めることになりまして。リョウヘイさんなら、どこを変更すればこの国の方々に喜んで頂けると思いますか?」
面倒臭そうだったリョウヘイだが、心の内では頼られたのが嬉しいのか、勉強の成果を出せるのが嬉しいのか、辻に真剣にアドバイスをする。
「アジア圏だよな。他国からの移民が数十年前から増えて、その影響で
「なるほど。さすが、的確ですね。リョウヘイさんの指導者としての成長を、代表も喜んでいらっしゃるでしょう」
「そんなに褒められないけどな」
西銘の背中を見て教えられたリョウヘイは、いくつか事業を計画したり、現在は西銘に付いて指導者とは何たるやを学んでいた。父親と言っても、やはり変わらず厳しさはあるようで、リョウヘイは照れ隠しもなければ自信ある表情も表さなかった。
「ありがとうございます。リョウヘイさんの指摘を参考に、来週の会議に向けて詰めてみます。今週中に、代表のお時間を頂けるでしょうか。会議の前に一度見て頂きたいのですが」
「今週か……確か、週末まで予定が詰まってる」
「会議は金曜日の午前中なんです。木曜日の夜でもいいのですが」
「その日の夜は、大事な客と会うことになってる」
「そうなんですね。もしかして、海外のお客様ですか?」
「なんでわかるんだよ」
リョウヘイは、少しだけ眉を顰めて辻を見た。
「英語で電話をされているのをよく見るので」
「あぁ……何か最近、
「新規事業の準備でしょうか。それならお忙しいですね……わかりました。それでは直接ではなく、メールにファイルを添付して送らせて頂きます」
「そうしてくれ。もういいか」
「はい。知恵を貸して頂き、ありがとうございました」
辻と別れたリョウヘイは、代表の部屋へと向かった。
部屋に入ると、西銘はティーカップを片手にソファーで寛いでいた。その傍らには、数人の部下が付いていた。
「代表。さりげなく知らせておきました」
「わかった。それじゃあ、海外のお手伝いさんからの報告を確認しようか」
その週の土曜日。外出した辻は、自宅から離れた地下鉄の駅のホームにいた。他の客と同じように、電車を待つ素振りをしながらスマホで電子書籍を読んでいると、球団ロゴのキャップを被った肥満気味な体型の中年男性が近寄って来て隣に立った。
「息子から話を聞けた。来週の木曜の夜、西銘が外国の客と会う」
辻はスマホに視線を向けたまま、隣の男と話し出した。
「向こうからも、来週木曜の深夜に輸送船がこっちの港に到着予定だと報告があった。他には?」
「それだけだ」
「数回に分けられた海外企業との取引履歴に、新しく購入した倉庫……何だか、どうでもいい情報だけを掴まされているような気もするがなぁ。あとは決め手か。守秘義務を徹底しているところだけは、優良団体だな」
「西銘がいない木曜の夜、調べてみる」
男は片眉を上げ、視線だけ辻の方を見た。
「大丈夫か? 過去に潜入したやつがバレかけて、断念している件だ。西銘は何故か
「同じ轍は踏まない」
「慎重にいけよ。くれぐれも無茶はするな」
「わかっている」
次発の電車が入線して来て、男はそれに乗り込んだ。辻は乗らずに、ホームから立ち去って行った。
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