第2話
家出をしたあたしは、街をぶらぶらしていた。
家出は計画的じゃなかった。朝、いつも通りに起動して、強く記憶に残った昨日のことを思い出し、ここにいてはいけないと考えた。そしてすぐにダミー映像に切り替えて、バレないうちに素早く支度をすませてこっそり出て来たから、行く宛まで考えていなかった。
取り敢えず、バイトの時間までは時間を潰さなきゃならなかったから、昔行ってた幼稚園とか学校を見て回った。その場所その場所で蓄積された記憶を、メモリから呼び出して懐かしく思いながら、時間が過ぎるのを待った。
(19年と8ヶ月。あたしはそれだけ生きて、その時間の分成長した。だけどこの3ヶ月くらいは、時間が全く進んでいないような感覚がある。前に進めてない気がする……)
歩き回っているうちに冬空の太陽の位置が高くなって、街の人通りが増えてきた。あたしもバイトに行き、いつも通りに仕事をした。気持ちに引き摺られることはないから、接客も配膳も一つのミスをすることはなかった。
時間通りに業務を終えたあたしは、いつものトラムの駅じゃなく、地下鉄の駅へ向かった。そして迷わず、
真っ暗で殺風景な地下を走る電車の車窓には、その時間ごとの景色の映像が流れる。午後5時を過ぎた車窓には、黒に侵食された深い紺色の空と街の明かりが流れて、地中であることを忘れさせてくれる。
地下鉄は隣の市へ入り、あたしはとある駅で降りた。地上へ出たあたしは、夜の駅前で待ち合わせをしている相手を探した。
「コウカちゃん」
するとすぐに、待ち合わせ相手のミヤちゃんの声が後ろから聞こえた。駆けて来るミヤちゃんに、あたしは手を振った。
「バイトお疲れ様」
「ミヤちゃん、今日バイトは?」
「今日は休み。寒いし行こっか」
ミヤちゃんに「こっちだよ」と指を差され、その方向に一緒に歩き出した。
駅前はショッピングモールがあったりして賑やかだけど、5分も歩けばたくさんの住宅が建ち並ぶ街で、周辺の都市部に通勤通学する人やその家族が多く住んでいる。諌薙よりは静かな街だ。
「今日は急にごめんね」
「いいよ。家出したって言われた時は、さすがに驚いたけど」
家出先の宛がなかったあたしは、市内から無理なく行ける距離に一人暮らしをしているミヤちゃんに相談して、その厚意に遠慮なく甘えることになった。
「彼氏が泊まりに来る予定とかなかった?」
「そんな予定ないから大丈夫だよ。この前久しぶりに会えたけど、相変わらず家の方が忙しそうだから」
「彼氏、大変だね」
そしたらミヤちゃんは「……今度、会う?」と、ためらいがちに言った。
「え。あたしが?」
「うん。コウカちゃんには、会ってもらいたいから」
彼氏の話を振られると途端に恥ずかしがって何もかも隠すミヤちゃんから、まさか彼氏に会ってもらいたいなんて言われるとは思わなかった。驚いたけど、カナンちゃんにも会わせなくていいのかな。それに、会ったらどうすればいいんだろう。
そして駅から歩いて10分。ミヤちゃんが一人暮らしをしているアパートに到着した。ミヤちゃんは、ここから大学に通っている。
「どうぞ入って」
1LDKの部屋に入った瞬間に目に入って来たのは、ミヤちゃんが大好きな『バイオレンス・アイドル』のキャラクター、リョウガの大量のグッズだった。ゲーム版とアニメ版それぞれの絵柄の同じキャラクターのグッズが溢れんばかりに飾られていて、その中でホログラムのミニサイズのリョウガが、次の対戦のためにトレーニングをしていた。
でも、物がたくさんある割には整理されている。圧倒されたけど、予想していたミヤちゃんの部屋だ。
因みにゲームは今も人気らしく、去年リリースされた海外版のユーザーと国内版ユーザーでワールドトーナメント戦が現在開催されていて、その白熱ぶりが話題になっている。アニメも3期目が現在放送中で、今年の夏には劇場版も公開されて、カナンちゃんと一緒に観に行ったことを聞いた。
食事をしながらあたしたちは暫く寛いで、20時半を回った頃になると、ミヤちゃんのスマホにカナンちゃんからメッセージが届いた。それを合図に、ミヤちゃんはタブレット端末をインターネットに繋げた。
「あ。映った。やっほー! 久しぶりー!」
画面にカナンちゃんが映ると、あたしたちはお互いに手を振った。元気一杯のカナンちゃんの笑顔を見ると、こっちも笑顔になる。
「バイト終わりにごめんね、カナンちゃん」
「いいけど、晩ごはん食べながらでいい?お腹空いちゃって」
カナンちゃんはファミレスにいるみたいで、彼女の前にはカルボナーラやデザートのフルーツパフェがちらりと映り込んでいる。店内の様子はあたしの職場とはちょっと違って、新しめな雰囲気のお店に見えた。
「それで、何があったの?」
食事をしながらカナンちゃんは聞いた。今回の緊急召集は、あたしの発信だった。お母さんと喧嘩したことと抱えてる悩みを、二人に聞いてほしかった。
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