第5話
環境に適応したコウカは、翌週には他の園児と変わらない言動が取れるようになった。先生の絵本の読み聞かせに耳を傾け、歌唱と振り付けもできるようになり、コミュニケーションする人数も増えた。
ある日はアルヴィンが付き添った。日本とアメリカのハーフで美形のアルヴィンは、保護者の奥様方に非常に人気だった。連絡先の交換をお願いされたり、有名人でもないのにツーショットでの写真も撮ったらしい。初対面の人間相手だと臆病になるから、おどおどしながら流されるがままにされたのが目に浮かぶ。二十五の年齢にそぐわない感じが、奥様方の母性に響いたんだろう。
外遊びの時間になり、アルヴィンは軒下で腰掛けながら、この前仲良しになった子たちと流行中のダンスを踊るコウカの様子を見ていた。
すると今度は鬼ごっこをするようで、じゃんけんをするとコウカが負けて鬼役となった。
「コウカちゃんがおにね。にげろー!」
女の子たちは「きゃーっ」と叫びながら四方に走って散って行った。鬼役のコウカは、走って捕まえに行こうとしたが。
「ああっ! ダメだよコウカちゃん!」
アルヴィンは慌てて止めた。コウカはピタッと止まると、アルヴィンの方に向かって来た。
「なんで?」
「走ったらダメだって言ったよね」
「いわれた。でもなんで?」
「動力源は今、微調整中なんだ。だから、走るのは我慢して」
アルヴィンが優しく事情を言うと、コウカは黙ってしまった。いつもならちゃんと聞き分け、了解の意を示すのだが、少し長めの沈黙は珍しかった。
すると、アルヴィンのタブレット端末にメールが届き、読み取ったAlの音声がイヤホン型ウェアラブル端末を通して流れる。
[わたしは、みんなと同じように遊びたい。走れないのは納得できません。納得のいく説明を求めます]
「これ……もしかして、コウカちゃん? 何で口で言わないの」
[お母さんに、発言は年相応を意識するようにと言われているので]
「なるほど。だからメールなのか」
近頃のコウカは、どうしても言いたいことがあるとメール機能を使うことがある。言語処理システムで構築した文章を子供らしい言葉遣いに変換して発するよりも、構築した文章をそのまま発信した方が早いからだ。
[動力源の微調整とは何ですか。アルヴィン]
口を閉じたコウカは、ヒューマノイドらしく通信手段を使って対等に話を進める。対してアルヴィンは、変わらず幼児を相手するように説明する。
「正常にエネルギーを供給させ続ける為の調整だよ。ほら。人間は、心臓が止まると死んじゃうだろ?コウカちゃんの動力源も同じで、止まったらコウカちゃんは動けなくなっちゃう。そしたらもう遊べなくなるし、周りの人にも迷惑がかかる。だから今のうちに、正常に作動し続けるようにしておかないといけないんだ」
[それは理解できます。それでは、何故わたしは不完全のまま動いているのですか。ヒューマノイドというのは人間の代わり、もしくは助ける為に最初から完全である筈です]
「うーん。ちょっと難しい問題に直面したとしか……」
[わたしは、わたしが不完全のまま覚醒したことが不可解です。推測ですが、総務省のプロジェクト統括責任者に急かされたのですか?]
「まぁ、そうだね。それもあるかもね」
[理解しました。ですが、わたしの疑問は解決していません。わたしは他のヒューマノイドと違うことは理解していますが、最初から動力源に不備があるのは、設計の時点で問題があった、もしくは、技術的に至らない点があったとしか思えません]
「でも博士は、動力源の問題を改善しようと今でも頑張って考えてるんだ。コウカちゃんは、そんな博士のことは信用できない?」
[お母さんは、素晴らしい技術者です。お母さんがいなければ、わたしは生まれていません]
「お母さんだけじゃなくて、開発チームのみんなで一つになって頑張ってるんだ。だからみんなのことを信じて、もう少し待ってくれないかな?」
アルヴィンの説明が終わると、コウカからのメールは途切れた。数秒経過すると、コウカは再び口を開いて示した。
「……わかった」
「ありがとう。激しいこと以外で、楽しく遊んでね」
頷くと行儀よく回れ右をし、一瞬走りそうになったのを制御し、徒歩で友達の所へ戻って行った。
「コウカちゃん。おはなしおわった?」
「きゅうにおにさんがきえたから、さがしちゃったよ」
「おうちのひとと、なんのおはなししてたの?」
「はしったりすると、コウカのしんぞうがとまってしんじゃうから、べつのあそびにしなさいっていわれた」
「じゃあ、おすなばでおままごとしよ!」
コウカと三人の女の子は、仲良く手を繋いで砂場へ行った。
「コウカちゃん……」
(幼稚園児に「心臓が止まって死んじゃう」は、刺激が強過ぎるよ。よくわかってないみたいだからいいけど)
その後もテストは順調に進んだ。まあ、コウカは時々、私との約束を忘れていたけど。
付き添いが目を離した隙きに、握力の制御を忘れて物を壊して困らせたり、木や屋根に登ったりして並外れた運動能力で驚かせたりした。クレームにはならなかったけれどちょっと問題になりかけたので、約束事を復唱させて守るように言い聞かせた。
そんな間違いを繰り返しながらも園児たちとのコミュニケーションを重ね、コウカの人間性は少しずつ向上していった。そうして、約一年間のイニシャル・テストは終了した。
仏頂面を下げた由利が、一年数ヶ月ぶりに研究所を訪れた。約一年間のテストを終えての総括と、実際のコウカを見る為だ。
暗い会議室の机に私とアルヴィンは並んで座り、由利は私の正面に座った。机の中央に開いた空中ディスプレイに表示されるデータを参照しながら、総括が始まった。
「一年間のイニシャル・テストは、いかがでしたか」
「上々といったところです。同年代の人間とのコミュニケーションは、特に問題はありませんでした。外での活動が増えたことで入出力が増加し、ニューラルネットワークの働きが活発化。その分、蓄積される知識も増加しました」
「以前、園に迷惑をかけた報告が幾つかありましたが、原因の究明は?」
「はい。それまでは、効用関数の入出力は正常に行われています。なので私は、予想外の行動をした原因は他にあると考えました。恐らく、同年代の人間との初めての接触で起きた、化学反応的なものだと考えています」
「化学反応……」
「周りの園児たちの行動パターンを学習して、同じことを試してみたのだと思います」
「AIが人間の真似をしたということですか」
「そうだと思います。そのイレギュラーに関しては、保護者の間で問題視されることは回避できました」
「ですが、言葉の抑揚と表情が作られていなかった所為で、一部の園児と保護者からは、何を考えているのかわからないちょっと怖い子供の印象を与えてしまったようです」
アルヴィンが補足した。
「表情と感情の表現は初期段階では難しいということでしたから、それは仕方がありません。今後に期待しましょう。他には?」
「特に目立った問題はありませんでした」
「わかりました。では、イニシャル・テストは終了としましょう。次は
総括が終わると空中ディスプレイが閉じられ、室内に明かりが灯る。タブレット端末にテストデータをコピーし終わった由利が帰ろうとすると、私は引き止めた。
「ねえ、由利。動力源のことなんだけど」
「博士。いい加減、呼び捨てとタメ口はやめてもらえませんか」
「仕事の話の時はちゃんと敬語使ってるからいいじゃない。こだわらないこだわらない」
「社会人として、それはいかがなものかと……」
「そんな話じゃなくて」
どうでもいいことなので、由利の話を遮った。
「動力源、今からでもシステムを変更できないかしら」
「今からですか」
「政府が提案してきたシステムは、実現するにはまだ難しいわ。一旦諦めて、別のエネルギーでやりたいの」
「ですが、その動力源システムの開発は総理が決められたことです。実現可能が証明できれば、いずれ新エネルギーとして利用できる。国が抱える問題の解決に繋がるのです」
「それはわかるけど……」
「どちらにしろ、総理の決定なので無理ですよ」
(総理じゃないでしょ。AIが考えたことじゃない)
「では。失礼します」
由利はきっちり45度に腰を曲げ、背筋を真っ直ぐに立たせて帰って行った。私たちは会議室前で見送った。腹立たしく思い始めてから、研究所入口での出迎えや見送りはやらなくなった。
「何が総理の決定よ。あの仏頂面に言われると、余計にムカつくわね」
「しょうがないですよ。国にお金を出してもらってるんですから、オレたち」
「わかってるけど、ムカつくことはムカつくわよ。イライラするからコウカに癒してもらお!」
「やっぱり独り占めしようとしてますよね。コウカちゃんは、博士だけのものじゃないんですよ」
ヌナーチュア・プラティカブル・モデルヒューマノイド、
春になれば、新しいテストが待っている。
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ここまで読んで頂きありがとうございます。
次は小学生編。コウカなりに頑張る姿を見守ってあげて下さい。
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