第2章 小学生─最初の人助け─

第1話




 桜前線に乗ってソメイヨシノが咲き乱れる、四月初旬。真新しいの深緑色の制服を纏い、薄型のランドセルを背負うコウカの姿を、私は写真に収めた。


「ねえ、どうしよう! この子、どう見てもかわいいんだけど!」

「博士。はしゃぎ過ぎですよ。写真撮りまくらないで下さい」


 誕生から、2645日。コウカは今日から、小学一年生になる。お世話になる小学校との調整が付き、入学の許可が下りたのだ。

 小学校の六年間では人格試験パーソナリティ・テストが実施され、表情や感情の表現を可能にしていくのと同時に、人格形成を目的としている。

 一般的にはこの六年間で、自我の目覚めや個性の発現、社会性や道徳性が発達する。これまで、自分が何者かを漠然と理解していたコウカも、それらを確立する期間となる。将来的な不安要素を残さないよう、調整しながら人格形成をしていくことになる。

 入学する小学校は、様々な理由で学校に来られない生徒もオンライン授業が受けられるという、今や全国の学校で当たり前となっている自由な登校システムを、いち早く取り入れた学校だ。

 そんな、授業スタイルの多様化に柔軟な学校は、生徒の個性にも柔軟だと言うことで、コウカの素性は隠さないことになった。世界初の見た目にも成長するモデルだから、奇妙に思われたり怖がられることは覚悟の上だが、その異質性が受け入れられなければこのモデルを造った意味はなくなる。


「でも、大丈夫ですかね。今回から付き添いなしじゃないですか。近くで見守れないのは、ちょっと心配です」


 今回からは付き添いはせず、コウカの両眼カメラに加え、学校に協力してもらい教室に設置してもらった全方向カメラで、研究室でモニタリングする態勢となる。イニシャル・テスト終盤では特筆した問題は起きなかったので、授業の妨げになることを含めて判断した。


「幼稚園では大丈夫でしたけど、コウカちゃんをロボットだとか言って仲間はずれにしたりイジメられないですかね」

「そしたら私がイジメた子に仕返ししてやるわ」

「本当にやりそうなのでやめて下さいね!?」


 しかし、コミュニケーションを取れるようになったと言っても、表現力が欠如している分、人間の子供よりはその能力は低い。私も、すんなり周りに馴染めるか少し不安だが、まだ幼稚園の延長線である低学年で導入が成功すれば、恐らく大丈夫だろう。最初の一年が上手くいけば、その後はスムーズな関係性を築けていけると目算している。

 新一年生のコウカの写真を100枚近く撮り満足した私は、気を引き締めた。


「じゃあ行きましょうか。みんなに挨拶して」

「行って来ます」

「行ってらっしゃい」


 手を振る研究チームのみんなに見送られて、コウカは初登校した。

 私たちは車で学校まで行ったが、どういう訳かまたもやマスコミのドローンが学校前に飛んでいた。おかげで、校長先生に挨拶に行った私は、迷惑だからどうにかしてくれと遠回しにやんわり言われた。さすがにそこは柔軟ではなかった。私はその場で由利に文句の電話をして、十数分後にマスコミドローンは散って行った。


「じゃあねコウカ。頑張るのよ」

「うん。じゃあね、お母さん」


 私はコウカを担任の先生に託して、学校を後にした。校門を出た時、アルヴィンがイジメを心配して言っていたことをふと思い出した。私は走って戻りたい気持ちをグッと堪え、急いで車に乗り込み研究所に戻った。


 担任に連れられてコウカが教室に入ると、数日遅れて入学して来た子供にクラスメート全員が注目した。担任に紹介されると、コウカは自己紹介した。


躑躅森ツツジモリ虹花です。宜しくお願いします」

「躑躅森さんは、こう見えてヒューマノイドなんですよ」


 担任がいきなり打ち明けると、クラスメート全員どよめいた。驚き、好奇心、反応は様々だったが、さすがにいきなり罵声を浴びせるような生徒はいなかった。中には同じ幼稚園だった子もいてコウカの正体に驚いていたが、全体的にマイナスリアクションは見受けられない。無事に一歩目を踏み出せた。

 その日からコウカは、一人の児童として学校生活を始めた。周囲の子供たちの最初の反応としては、積極的に話しかける子たちと様子見する子たちに別れた。しかし、共に過ごす時間が増えるにつれ、じかにコウカの身体に触れコミュニケーションを取ったりと、自然に接する子が増えていった。一ヶ月経つ頃には授業風景にも馴染み、半年も経てばすっかり小学生の一員となっていた。

 授業は昔は黒板を使っていたが、今では液晶ディスプレイとなり、教科書もデータ化されてアプリとなっている。なので、教師のタブレット端末と液晶ディスプレイと、個々の机の空中ディスプレイを同期させて授業を進めていく。

 だから、児童も教科書や筆記用具を持ち歩くことはなくなり、薄いランドセルの中にはほぼ書き取り用タブレットしか入っていない。読み書きは小学校までは必須の為、書き取り用のタブレット端末は必ず持参か、学校からレンタルしなければならない。


 放課後はクラブ活動があるが、クラブに入っていない低学年のコウカたちは、授業が終われば遊びに帰る子や学習塾へ行く子もいる。

 コウカが入学して一ヶ月。仲良くしてくれている子たちは、おしゃべり好きな女の子たちだった。他にもまだ数人残っている教室で、コウカはその子たちに質問攻めにあっていた。


「じゃあ。ショッピングモールにいて、お店とか教えてくれるのは?」

「あれは、カドルタイプ」

「マンションをお掃除してくれてるのは?」

「それは多分、普通のロボット」


 他のタイプのヒューマノイドの区別ができているコウカは、質問に淡々と答えていく。


「じゃあじゃあ。うちにいるメイドヒューマノイドは?」

「それは、INDタイプ」

「アイエヌディーって英語?」

「うん。インデペンデンスの略」


 まだ社会の授業でも習っていないことに、彼女たちは同時に「へぇー」と相槌を打つ。


「コウカちゃんは、どっちなの?」

「あたしは、ヌアーチェア・プラティカブル・モデルだから、どっちでもない」

「二つと何が違うの?」

「カドルタイプは汎用性があって、幅広い仕事ができて、人間のサポートをしてる。INDタイプは主体性があるから、カドルタイプよりも高い能力の仕事ができる」

「コウカちゃんは何がすごいの?」

「あたしは、能力的には特にない。普通」

「えー。そーなのー?」


 三人は、新型のヒューマノイドなのにコウカに特別な能力はないと知って、ちょっとがっかりする。でもすぐに気を取り直して、違う質問をした。


「あとさ。ご飯代わりのカプセルの中って、成長させるものが入ってるんでしょ。何が入ってるの?」

「マイクロマシン。1ミリくらいのちっちゃいロボットが、いっぱい入ってる」

「マイクロマシンて見たことないんだけど、例えるならどんな感じ?」

「例え……例えるなら、クモの赤ちゃんが似てるかも」

「クモの赤ちゃん……」

「うん。今度、実際に見てみる?」

「ううん。やめとく」


 ちょうどその日、理科の授業でクモの赤ちゃんの集合体画像を見ていた。それと同様の集合体を想像して引いた三人は、首を振って拒否した。

 コウカは善悪の判断はできているが、人が嫌がることはまだ把握しきれていない。それに例えも苦手で、記憶したばかりのものがマイクロマシンのフォルムに近いものだったから例えてしまったのだろうが、クモの赤ちゃんは相応しくなかった。昆虫も苦手な私も、想像してゾワッとした。





 コウカの知能やコミュニケーション能力は順調な進歩が見られるが、動力源の微調整は未だ続いていた。追加で新たに提案されたものだけれど、システムがかなり特殊で他に例を見たことがない。国内初どころか、世界初の試みだ。その為、試行錯誤が続いている。


「お母さん。なんで動力源を何度も調整するの?」

「コウカがお母さんの言うことをちゃんと聞かないからでしょ」


 研究所地下のメンテナンスルーム。コウカは外部電源ケーブルを繋がれて、台に横たわっていた。私は動力源担当チームと話し合いながら、コウカに背中を向けながら話した。


「なんで動力源は、そんなに調整が必要なの?」

「偉い人が無理難題を押し付けたからよ」

「そんなに難しい?」

「ちょっと難しいわね」


 動力は熱による発電で、余計な熱は外気を口から取り込むことで抑えている。そして、未完成なシステムの不具合を防ぐ為に、活動自動制御センサを付けている。それを知っていながらコウカが何でも周囲の真似をするので、センサが反応して活動停止となってしまうことが何度かあった。センサが付いていることを、忘れる訳ではないだろうに。


「なんでそんなに難しいの?あたし、みんなと一緒のことしたいのに、これじゃあできない」


 私はコウカの側に行って、彼女の悔しさに寄り添った。彼女は彼女なりに自分の役割を理解し、頑張ろうとしている。親の期待に応えようとする子供みたいに。


「そうよね。ごめんね。でもそれは、お母さんも同じ気持ち。私も、コウカがみんなと同じことができるようになってほしい」

「じゃあ、動力源がちゃんとなるって思ってていい?」

「お母さんのこと、信じてくれる?」

「……しんじる?」

「お母さんなら大丈夫だって、思っててくれる?」

「うん。あたし、お母さんを信じる」


 素直に応じてくれたコウカの頭を撫で、安全の為にシステムをシャットダウンして作業を開始した。動力源の微調整は、パーツの取り替えでひとまず様子を見ることにした。

 やはりシステムそのものを変えた方がいいんだけれど、上申しても政府が簡単に許諾する筈がない。しかも調整を重ねても、懸念が完全に取り払われる訳ではない。仕方がないが、彼女の協力が一番の対策だ。



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