脳筋系肉食系美少女な彼女が部活を引退したとたん闇雲にイチャイチャしたがってくる。

第12話 そして私は舞い戻る /今日も彼女がやってきた

「ところで、勉強といえばだけど」

「ん？」

「勉強の方はしてるの？ 例えば、夏の課題集とか」

　話が落ち着き、麻那の私怨も落ち着いた頃。

　晩ご飯の時間の前に麻那が思い出したかのような口ぶりで私に話しかける。

「……てない」

「なんて？」

　小さな声で答えるも、麻那には届かず私は二度目の発声を行うことに。

「全然、やってない」

　ちょっとだけ、麻那には聞こえないで欲しいなぁと、願いながら。

　けれど願いむなしく、突如として私の腕を引っ張り上げる麻那。

　そこにルームメイトとしての清水 麻那はいない───。

「イチャイチャよりも先に、勉強をしなさい勉強を！！」

「ヤダぁぁぁ！ 勉強ヤダぁぁぁ！！！」

「泣いてもダメだからね！ 私の時間を削った分、梨花にはしっかり勉強して貰わないと！」

「明日！ 明日頑張るから！！」

「大丈夫大丈夫。こういうのは気合と根性と更に気合だから」

───目の前にいるのは清々しいほどの根性論を放つ元ソフトボール部部長、『鬼軍曹』の清水 麻那なのだから。

「さ、やるわよ」

　そう言って、麻那は散らかった勉強机に私を座らせると、その机にあった私の名前が書かれた課題ドリルを広げていく。

「十ページ分終わるまで、寝かせないからね」

　そう言っていた麻那の目は本気で、私はその日初めて、彼女の『鬼軍曹』の異名はソフト以外にも片鱗はあったのだと知る。

　そして、地獄の夜を過ごした私は───。

「大和ぉぉぉ！！ 勉強教えてぇぇぇ！！！」

　翌朝、今度はちゃんと朝ご飯を食べて『大和のところに行ってきます』と麻那の机に置き手紙をしてから愛しの大和の元に助けを求めるのだった。

　◇◆◇◆◇

「で、清水の扱きがキツくて、俺のところに逃げてきたと」

　朝九時。昨日できなかった分を取り返すように、集中して勉強に取り掛かっていたところに、鳴り響いたチャイムの音。

　もしやと思い、ドアを開けてみればそこには彼女である花園 梨花が泣きそうな顔で立っているではないか。

　慌てて俺は梨花を家の中に入れると、彼女はダムから放出された水のように勢いよく泣き言を口にし始めていく。

　梨花曰く、一問間違える度に同室である清水 麻那が『どうしてその発想になったのか、教えなさい。徹底的に修正してやるから』と問い質してくるらしい。

　そりゃ、逃げ出したくもなるだろう。

　それに───。

「大和なら優しく教えてくれるでしょ？ もう麻那の怒声を聞くのは嫌なのぉ……」

　梨花に頼られるのは素直に嬉しかったりする。俺的にはむしろ梨花が逃げ出してくれて正解だ。

　それに清水 麻那がスパルタ気味なのは、ソフトボール部の試合を見ていてなんとなく分かっていた。

「まぁ、『鬼軍曹』の清水だもんな……。ルームメイトだとは聞いていたが、日常生活でも厳しかったか」

　試合練習問わず、常に声を張り上げ選手の士気を高める。それは怒声にも近いもので、尊敬もあり畏怖もある彼女につけられたあだ名は『鬼軍曹』。

　キャッチャーという選手の状態を常に見ていなければならないポジションであるのも関係あるのだろうが……。

　しかし、清水と長いこと過ごしてきている梨花は慌てて彼女の良いところを口にしていく。

　正直、普段の二人の様子を学校で見ているから聞かなくても何となくわかっているのだが、取り敢えず聞いてみる事に。

「普段はとっても優しいんだよ？ クールでそれでいて落ち着きのあって、周りをよく見ている優しい子なんだよ？」

「まるで梨花とは正反対だな」

「むっ！ それじゃあ私が暑苦しくてうるさい子みたいじゃない！」

「そこまで酷い言い方はしてないが、概ね合ってる」

「大和の意地悪！ 嫌いになっちゃうよ！？」

　やはり、思っていた通りで梨花とは正反対で、日常生活では落ち着きのある子のようだった。

　あまりにも綺麗な正反対っぷりで梨花を揶揄うような口ぶりになってしまう。

　見るからに不機嫌な梨花に、俺は宥めるような口調で声をかける。

「そう怒んないでくれよ。元気いっぱいで努力家な梨花が俺は好きなんだからさ」

　と。

　すると、あっという間に不機嫌だった顔が笑顔になっていく梨花。

「……初めっからそう言ってよ！ それと、嫌いになっちゃうとか言ってごめんなさい」

「ちゃんと素直に謝れる梨花も好きだぞ」

「ううぅ……イチャイチャしたくなってきた……。よし、しよう！！」

「その前に今日は勉強しにきたんだろ？」

　あまりにも単純で、猪突猛進な梨花に俺は頭を悩ませる。

　好きか嫌いかで物事を判断しているようで、ものすごく将来が不安だ。

　将来どころか、今の彼女の成績すら不安しかない。

　俺がそんな事を考えている中、梨花はと言えば昨日のようにイチャイチャするかしないかの事ばかり。

「ちゃんと勉強もするから！ だからイチャイチャしよう？ ね、大和もイチャイチャしたいでしょ！？ したいよね！！？」

「したいかしたくないかと聞かれれば、そりゃしたいけどさ」

　まるで子供のような彼女に俺は冷静な心持ちで返事をする。

「じゃあ───」

「先にやる事やってからな」

　勉強が最優先だと、つけ加えて。

　再び、不機嫌になる梨花。「うぅぅ……！」と唸っているけれど、その脅しに屈しないように敢えて俺は無視をする。

　そうでもしないとお互いに勉強が手につかなくなってしまう。

　それだけは避けたかった。

　イチャイチャはしたい。昨日のような甘い時間も、それ以上の事も正直したい。

　けれど、学生の本分はやはり勉強で、それを疎かにしてイチャイチャばかりは出来ない。

「さ、やるぞ〜」

　やるせない気持ちを胸に抱きながら、俺はグズる梨花を机の前に座らせた。

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