第2話 花園 梨花はイチャイチャしたい 2

「えっと、梨花の言うイチャイチャは……俗に言うイチャイチャの認識で大丈夫か?」


 ひとまず、俺の思うイチャイチャと梨花の思うイチャイチャに相違があると、色々と面倒な予感がした為、こんなアホな質問をしたわけなのだが───。


「うん、多分その通りで合ってると思うよ。大和がなんでそんなめんどくさい聞き方するのかはわからないけど……」

「いや、一応、念のためにな……」

「ふーん……?」

 予想通り、梨花の反応はあんまり芳しくない。

 というか、当たり前だ。こんなめんどくさい質問されたら俺だって嫌だし。

 けれど、聞かないわけにはいかなかったのだから仕方ない。


 いざ、イチャイチャするとなった時に失敗したら心折れるかもしれないし。というか、折れる自身がある。だって梨花が初めての彼女なわけだし。

 しかも、それがきっかけで梨花と別れる事になったらもう立ち直れる気がしない。

 それを避ける為ならこの一瞬だけ嫌な顔をされるのは耐えられる。


 が、ここに来て大きな問題が立ちはだかる。……というより、初めっから分かっていた問題と向き合わなければいけなくなっただけだ。


「で、その念の結果はどうだったの?」

「あーうん、それがだな……」


 爽やかさを保ちながら、身を屈めて顔を覗き込む梨花の表情にドキッとしながらも、“とある問題”に悩まされていた。

 とても重大な、問題に。


 が、梨花にとって俺が何に悩んでいるのか知った事ではない。

「むー……! めんどくさい! 大和は私とイチャイチャしたいの!? それともしたくないの!!?」

 煮え切らない俺を前に怒りを露わにして癇癪を起こす梨花。それにつられて俺も気持ちを爆発させてしまう。


「したいよ! だから困ってるんだろ!!」

「どうしてよ! 私は大和とイチャイチャしたい、大和も私とイチャイチャしたい。なら、これはもうイチャイチャするしかなくない!?」

「したくても、やり方がわからないんじゃ意味ないだろ!!?」


 言ってしまった……。

 できれば梨花には知られたくなかったけど、彼女に不信感を持たれるよりは……うん……。

 あー……でもやっぱ、キツいものがあるなぁ……。


 心の内でグチグチと、イチャイチャの仕方が分からない事を言ってしまった事に悔いた声を響かせている中、肝心の梨花はといえば少しばかりキョトンとしている。

 さっきまでの癇癪声はどこへやら。今、目の前にいるのは紛れもなく梨花なのだが、つい先ほどまでの彼女とは少し違う。

 困惑。動揺。惑乱。そんな感じ。


 そんな様子の梨花がゆっくりと口を開いていく───。

「ねぇ、大和それってどういう」

 ぐうううぅぅぅぅ……。

 口を開くと同時に、彼女の腹が豪快な呻き声をあげた。


「……朝飯、食って来てないのか?」

「今日は朝練ないスケジュールだから寮母さん、まだ起きてなくて……」

「それで何も食わずに俺の家に来て、今に至ると?」

「まぁそう言う事になるね」


 あまりにも無鉄砲な梨花に呆れつつも、それだけ俺とイチャイチャしたかったのかと思うと、徐々に嬉しさがこみ上げてきてしまう。

 不思議とさっきまでの“言ってしまった感”は俺の中から消え失せていた。


「……そんなに量は作れないし、簡単なやつしか出せないけどいいか?」

「いいの?」

「せっかく、梨花が家に来てくれたんだしな。それに『腹減ったんなら帰れ』なんて言えるわけないだろ?」


 そう言って俺は、玄関を大きく開け梨花を家の中へと招き入れる。

 満面の笑みを浮かべる梨花。けれど、満面の笑みだけにとどまらないのもまた梨花。

「えへへ……大和、大好き!」

 元気よく抱きついてくるのだから、本当に困る。


「うわっっ……っと! ふぅ……セーフ」


 あまりにも突然の事で、抱きつきの衝撃には耐えられず二、三歩ほど下がってしまったが、それでも意地を見せなんとか倒れずに済んだ。

 いくら力に自信がないと言っても、彼女の前くらいでは格好つけたかったので耐えれて、ひとまず安心してしまう。


 が、案外そういうのは抱きついてる側にも伝わるようだ。

「ナイス踏ん張り! やるね、大和!」

 肩口からドヤ顔を見せる梨花の様子がそれを物語っていた。


「試してたのか」

 俺がそう聞くと、かぶりを振る梨花。

「試してたというより、やっと大和の家に入れるんだ〜って思ったら嬉しくてつい」

「お……おう、そうか……」

「ん? どうかしたの?」

「いや、なんでもない」


 本当は何でもなくないが、それを梨花のいる前で口にできるはずもない。

「そう? それじゃあお邪魔するわね〜」

 梨花に言われるまま、彼女を家へとあげる。


 でも仕方ないのだ。

 梨花の目の前で口にできる筈がないのだ。

 だから俺は───。


「やっぱ好きだなぁ、なんて言えるわけないだろ……」


 ───梨花に聞こえないように小さく呟く事しか出来ない。


 少なくとも、今は。



 けれど、本人が小さく言ったつもりのものでも、案外、当人には、はっきりと聞こえるようで───。


「……大和のバカ。そういうのは、もっと堂々と言いなさいよ」


 リビングへと向かう途中でボソリと呟く。


「……早く、イチャイチャしたくなるじゃない」

 胸を抑えつけながら、さらに小さな言葉を付け加えて。


俺にはまったく、聞こえてないけれど。

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