第3話 いつもとは違う朝食 1

 朝日が眩しい早朝に、彼女である梨花が初めて家にやってきた。

 開口一番に『イチャイチャしたい』と言い出されたり、煮え切らない俺の態度に癇癪を起こされたりと色々あったが、ひと段落し家に上げる事にしたのはいいのだが───。


「とりあえず、朝飯できるまでくつろいでくれ。すぐ作るからさ」

「わーい! 大和の料理楽しみー!!」

「そんなに期待しないでくれよ? ソフト部の寮母さんみたいに栄養面まで考えてるわけじゃないんだから」

「大丈夫だって。大和がどんなに料理が下手でも私がペロッと食べてあげるからさ!」

「もしや、俺、料理できないと思われてる? いいだろう、その考え改めさせてやる!」

「望むところよ! 全部平らげてやるわ!!」


 ───どうも、落ち着かない。


 梨花が家にいる。梨花がリビングにいる。大好きな梨花と、過ごし慣れた家に来ている。


 梨花が突然家に来た時は、驚きが優っていたが、今はむしろ緊張しかない。

 包丁捌きも、どこかおぼつかない。危うく、指を切ってしまいかねないほどに。

 料理をするのはこれが初めてではないというのに、てんでちぐはぐ。


 梨花の彼氏として、少しでもかっこいいところを見せたい、と数少ないプライドが先走ってしまっている。


 それだというのに、当の本人はと言えばなんの気知らずに俺の部屋をキョロキョロ見渡し始める。


「ほえ〜、予想通りの参考書だらけ! 大和はやっぱ凄いね!」


 見つかって恥ずかしいものはないけれど、だからといって部屋をジロジロ見られて困らないかと言われればノーだ。

 何も面白いものなんて用意してないのだから。


 そんな事がありながら、俺はなんとか朝食を作り終えた。

 ───とっても簡単な、トマトとウインナーのスクランブルエッグとトーストを。

 いつもよりも多めに朝食を作って、テーブルに置いたのもつかの間のこと。


「ふぅ……ご馳走さま! 初めて食べる料理だったけど、とっても美味しかったよ!!」

「一人で全部食べたのか……!?」

「え、コレ一人前じゃないの……?」


 せっかく梨花が来てくれたんだしと、冷蔵庫からお気に入りのりんごジュースを持って来るや否や、目の前に飛び込んできた光景は、満足そうにお腹を叩く梨花と、スクランブルエッグが綺麗に平らげられた皿。


 悪びれる様子のない梨花の様子から、本気で一人前と思ったのだろう。

「一応、二人で分けて食べれるように多めに作っていたはずなんだけど……そうか、梨花には足りなかったか」

 ふと目を離した隙に二人前超を食べきってしまうのだから、相当にお腹を空かしていたのかもしれない。


 そう思いながら、梨花の顔を伺ってみる。

「いやぁ〜、ははは……面目無い」

 満面の笑みを浮かべて申し訳なさそうにこちらを見てるのだから、許してしまいたくなる。

 少なからず、梨花に俺の料理が美味しいと思って貰えたのだと考えたら、嬉しくて堪らなかった。

 「いいよ、材料ならまだあるし。どうする?」

 まんざらでもない気持ちをなるべく表に出さないようにしながら、おかわりを提案してみる。

 一度、表に出してしまったら朝食どころではない気がしたからだ。


 けれど、梨花の返事は思ったものと違っていた。

「んー、大丈夫かな。そこまで私は大食いって訳じゃないし」

 真顔でおかわりを断ったのだ。

 あまりにも予想外の事で心の声が漏れ出る始末。

「二人前食べておいて……? 恐るべし、運動部」

 俺の反応に不思議そうな表情を浮かべる梨花は、恐る恐る質問をしてくる。

「これでもいつもより控えてたつもりなんだけど、そんなに多いの?」

「多いというより、結構驚いた」

「ありゃま」

 どうやら、運動部の食事は少なからず二人前を食べる事もあるようだ。


 よく考えれば、運動漬けで消費カロリーは桁違いに多いのだ。自然と食事量がかなり多くなってしまっても仕方のない事だ。

 考え不足な自分を少し恨めしく思った。


 けれど、そうゆっくりと恨めしく思わせてくれないのが、今日の梨花である。


「それより、大和も早く朝ごはん済ませよ? 私、早くイチャイチャしたい!」

「はいはい、分かってるよ。もうちょっとだけ待っててくれ」

「えへへ〜、楽しみだな〜」


 屈託のない梨花の笑顔が、俺と早くイチャイチャしたいが為に出された朝食をあっという間に食べきったのかも知れないと、俺に思わせる。


 早食いはあまり行儀のいいものではないけれど、もし本当にそうだとするなら、俺はどんな表情で梨花を見ればいいのだろう。

 自然と頬が緩んで、キモチ悪い表情になりかねない。


 自分の朝食を作っているうちに、少しでもカッコイイ表情を作れるようにシミレーションしないと……。

 そんな事を考えながら、再びトマトとウインナーを卵と一緒に炒めていたが、出来上がったものは、少しばかり焦げてしまっていた。


 梨花には「あはは〜、ドンマイドンマイ〜〜」と笑われてしまったが、口が裂けても「誰のせいだと……」だなんて言えるはずもなく───。


「いただきます」


 ───彼女に見守られながら、少し苦い朝食を食べる事に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る