脳筋系肉食系美少女な彼女が部活を引退したとたん闇雲にイチャイチャしたがってくる。

こばや

第1話 花園 梨花はイチャイチャしたい 1

「大和! イチャイチャしよう!!」

「どうした急に」

「いいから! イチャイチャするぞ!!!」


 眩しい陽が微かに涼しい部屋に容赦なく差し込む、八月初旬の朝。

 早朝だと言うのに激しいチャイムが鳴らされ、重い瞼を擦りあげながら玄関を開けるとそこには、元気ハツラツな美少女が立っていた。


「思ったより梨花が元気そうで安心したよ」

「何よ。彼女がわざわざ遊びに来てあげたって言うのに嬉しく無いの?」

「そんなわけあるか。嬉しいに決まってるだろ」

「それならよし!」


 元気ハツラツな美少女、改め、花園梨花が俺の返事を聞くと満足そうに笑顔を見せる。

 頭の後ろでフリフリと揺れる黒のポニーテール、夏らしい爽やかな薄手の肩出し衣服。少しアザの見える腕に、肘あたりに広がる日焼け跡。

 可愛らしさと活発さを併せ持つ彼女は平凡な男子学生である俺、城廻しろめぐり大和やまとには勿体無いくらいの恋人だ。


 そんな高嶺の華のような存在の美少女がわざわざ、家まで来てくれたのは嬉しい以外の何物も無いけれど、少しばかり気にかかることも。


「それでこんな朝早くにどうしたんだ? 朝練はもうないだろ?」

「まぁ、部活引退したからね〜。いやぁ、昨日は参ったよ。なかなか寝付けなくて」

「……なら、もう少し寝てても良かったんじゃ」


 そう、いつもならこの間は梨花が学校でソフトボールの朝練をしている時間。

 けれどそれは昨日で終わったはずで、梨花も引退したと口にする。

 問題はそこじゃない。昨日の今日で、梨花が今この場にいる事が気がかりで仕方ない。


 率直に言ってしまえば、『昨日のショックはもう拭えたのか?』という事である。

 昨日は梨花や彼女のチームメイトにとって大事な日、県予選の決勝。

 対戦相手は県屈指の強豪校。ここを越えれば全国大会。そういう日だった。


 結果はピッチャーである梨花の渾身の決め球、浮き上がるような軌道を描く変化球“ライズボール”をセンタースタンドまで持っていかれてサヨナラ負け。

 次の瞬間、相手の高校からは溢れんばかりの喜びが、そしてピッチャーマウンドからは割れんばかりの悔しさが球場に響き渡った。


 スタンドから見ていたその時の俺には、その場に駆け寄る事も何かをしてあげる事が出来ない悔しさよりも、彼女がどれだけの思いで努力をしてきたかを知れた嬉しさの方が勝っていた。

 もちろん、当然ながらそれはあくまで俺の自己満足であり、本人からしてみれば相当ショックが大きいのはマウンドでの様子を見て明らか。

 なので、昨日一日は『今までお疲れ様。今日はゆっくり休んで、落ち着いたら会おう』とメールを送って以降、梨花に会っていない。

 反省会やらをソフトメンバーで行うと思っていたし、どんな言葉を掛けていいかも分からなかった。


 そんなこんなで、今現在。昨日とは別人なくらいに元気な梨花が目の前にいるのだから気がかり以外の何物でもない。

 だが、そんな事をお構いなしに、今この瞬間に俺の家の前にいる事がさぞ当たり前であるかのように振る舞う梨花。

 え、これ俺がおかしいのか??


「まぁまぁ、話は最後まで聞きなさいな。きっと大和はあとがきとか読まないタイプでしょ? 頭いいのに意外と早とちりだもんね、大和って」

「い、今はそんな事関係ないだろぉ!? あとがき読まなくても何の影響もないし! そういう梨花だって早とちりだろぉ!?」

「私、別に早とちりじゃないなんて言ってないも〜ん。へへん!」

「うぐぐ……っ!」


 うん。いつもの梨花だ。人の話をあまり聞かないのは俺が知る限り梨花くらいしかいない。

 つまり別人説はなくなった訳なのだが、だとしたら尚更、昨日の悔し顔はなんだったのだろうという話になる。


 そんな俺の悩む様子を特に気にする素振りを見せず、梨花は再び自分の話を続ける。


「でね、昨日寝ててふと思ったのよ。『あーあー、私の青春終わっちゃったな〜』って」

「まぁ、スポーツ特待だしなぁ……」

「そこでね、少し考えたの。私、これからどう残りの青春を過ごそうかなぁって」

「受験勉強じゃないのか?」


 いくら梨花がスポーツ特待で高校に入学しているとは言え、学生の本分は勉強だ。受験勉強は進学しない人にとっては関係ないかも知れないがいざという時の為にもしておいて損はない。


 というわけで勉強を促してみたのだが、当の本人は首を大きく横に降る。どうやら、梨花の言う“残りの青春”の中に“勉強”と言うものはないようだ。


 では“残りの青春”には何があるのだろうか。

 そう思っていると、首を大きく横に振った勢いそのままに俺に顔を近づけて口を開く。


「違うよ大和。全然違う! 朝、いつもの癖で日の出前に起きちゃったんだけど、その時に重大な事に気がついたの!!」

「重大な事?」


 あまりの顔の近さに俺は思わず体を反らせてしまった。

 それはそれとして朝六時に俺の家に来たという事は普段から更に早く起床している事になる。

 いつもそんな時間に起きていたのか……。そりゃ授業中寝るわ……。

 想像していた以上にハードなソフト部の朝事情に少しばかり戦慄する。

 とは言え、授業中寝るのはよろしくないので、今まで居眠りしていた事に対するペナルティを与えていた事に関しては謝ろうとは思わない。

 それとこれは別だからだ。


 が、それよりもだ。それよりも梨花の言う重大な事という物の方が気になる。

 今までのルーティン通りで起きてしまうほどに、相当重要な事なのだろうから、身を引き締めて聞くとしよう。


「私たち、付き合ってるのに全然イチャイチャしてない!!!!!!」



 ……あれ?さっきもこの言葉聞いたな。

 もしかして、梨花の言う重大な事ってこのこと?

 いやまさかな、うん……もう少し、探りを入れよう。


「そりゃまぁ、梨花は放課後土日祝日いつでも部活だったからな。ある意味仕方ないんじゃないか?」

 こう言って、梨花の心中を探る事にしたのだが、そこから飛び出たのは怒涛の愚痴。

「そう! そうなんだよ!! あの鬼コーチったら隙間なく練習メニュー入れるんだもん! お陰でこちとらフラストレーション溜まりまくりよ!!」

「どうどう。落ち着け落ち着け。きっとコーチにも色々な考えがあったんだよ」

 いや、愚痴が無い方がおかしい練習スケジュールだからある意味こうなるのはわかっていたのだけど、ここまでとは思わなかった。

 だが、梨花が口にしたのは愚痴だけではない。

「まぁ、実際いい成績残せたし文句は無いし、それどころか感謝もしてる」

 コーチへの感謝の言葉もしっかりとあった。

 溜まっていたものを吐き出せたのか、かなりスッキリした表情の梨花。本当に、色々あったのだろう。

 もう少し、彼氏としてしっかりしようとそう思った。


 が、今気にする事はそれではなく、彼女の言う重大な事が“イチャイチャ”なのかの整合を取る事なのだが───。


「でも、それとこれとは話が別! 私は、休みの日は大和と過ごしたかったの! 思う存分甘えたかったの!!」

「お、おう……」

「だから、その分、これからは思いっきりイチャイチャしたい!!」


 どうやら、本気みたいだ。



 どうしよう。今まで俺、誰かとイチャイチャした事無いんだけど。

 それにイチャイチャって……具体的に何をすればいいんだ?


 ────悲しい事に、俺、城廻大和は梨花以外に付き合った女子がいない。

 つまりはイチャイチャの内容なんて知らないのであった。

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