「月を見るたび思い出しなさい!」とキメ顔で言って去ったあの娘を見つけ出し、俺は……

九傷

「月を見るたび思い出しなさい!」とキメ顔で言って去ったあの娘を見つけ出し、俺は……



 四月最初の金曜日、いよいよ今日から僕――いや、俺は高校生になる。

 あの日・・・から心身を鍛えなおした俺だが、流石に高校入学初日ともなると緊張せざるを得ない。

 何せ昔とは違い、今は高校時代に成人を迎えるのである。

 それはつまり、大人へ至る最後の階段を上り始めたと言っても過言ではない。



(凄まじい圧力プレッシャーだ……。初日でこれとは、明日が休みで助かったな……)



 学校の入学式は地方により傾向は違うが、基本的に月曜日か金曜日に行われることが多い。

 週の初めから早速学校生活が始まるか、ワンクッション置いてから始まるかの違いがあるが、初日は精神的にかなり疲れるので後者の方が正直助かる。

 これは親も同じなようで、今日さえ乗り切れればという雰囲気をヒシヒシと感じた。



「……邪魔よ」


「っ!?」



 正門の前で圧力プレッシャーに打ち震えていると、背後からそれを上回る殺気と共に冷たい言葉が放たれる。

 慌てて振り返るとそこには、派手な深紅のロングヘアに地味な黒縁メガネという、チグハグさが印象深い少女が立っていた。



「わ、悪い」



 その迫力にビビった俺は、思わず飛び退くように端による。

 我ながら、実に情けない反応をしてしまった……



「っ!? あ、いえ、その……、すいません! つ、つい……、そ、それじゃあ!」



 俺の反応に悪気を覚えた――かはわからないが、赤髪の少女はさっきまでの迫力が幻だったかのようにオドオドとした様子となり、頭を下げから走って行ってしまった。

 一体何だったんだとしばし動揺していたが、落ち着いてからふと気づく。

 そういえば髪型は違えど、あのときの少女も真っ赤な髪をしていたと――





 ◇





 入学式が終わり教室に向かうと、なんと俺の隣の席に先程の赤髪少女が座っていた。

 なんという偶然なのだろうか……


 どうやら彼女もさっきのことを覚えていたのか、一瞬目を見開いてから気まずそうに視線を逸らされてしまった。

 これでは流石に少し話しかけづらい。


 そうこうしているうちに担任が現れ、簡単な自己紹介が始まる。

 俺はいつも通り最後の方に呼ばれるため、それまではひたすら人間観察に努める。



十拳とつかか……、アイツは中々デキ・・そうだな……)



 この学校は治安自体は悪くないが、何故か不良に人気で一見するとガラの悪い連中が多く在学している。

 それなのにそこそこ偏差値が高いことから滑り止めに使われることが多く、結果受験に負けて入学した生徒が不良共の食い物にされるという構図が出来上がっているらしい。


 俺はそういった生徒を守るため、あえてこの学校に入学した。

 だから今のウチに目ぼしい不良や、喧嘩経験のありそうな生徒をチェックしているのである。



八尺瓊 日和やさかにひよりだ――じゃない、です。よろしくお願いします」


(ヤサカニ……か、中々ユニークな名字だな)



 自己紹介も終盤となり、いよいよ隣の席の赤髪少女が名を名乗る。

 席が近いことからや~わ行の名字だと思ったが、まさか同じや行とは思わなかった。

 しかし、ド派手な髪色に似合わず淑やかで控えめな態度だったことと、あまりにも可愛らしい名前だったので、ついつい少し笑ってしまった。


 それに気づいたのか、八尺瓊がキッと睨みつけてきた。

 その眼光の鋭さと殺気から、先程の自己紹介は猫を被っているのだと確信に至る。

 やはり、この赤髪少女は――、っと次は俺の番か。



八咫 弓弦やたゆずるです。よろしくお願いします」







 ◇





「八尺瓊さん」


「な、なんでしょうか、八咫君」


「日和ちゃんって、呼んでいいか?」


「……は、はァァァァァァァァァッ!?」



 一週間ほどかけて牽制を続けたが、どうにも彼女のガードは甘く頻繁にボロを出すようになった。

 このままガードを揺さぶり続ければ、どこかで必ず本性を現すハズだ。



「日和ちゃんは、地元どこなんだ? 何中?」


「いや、ちょ、ま……、っていうか、まだ許可してない!」


「まだってことは、そのうちしてくれるんだろ? だったら今でもいいんじゃないか?」


「た、確かに……、ってんなワケあるかァ!」



 一々反応が面白くてついからかってしまうが、俺の本命は彼女の正体を知ることだ。

 もし日和ちゃんがあの月夜の少女であるのであれば、俺は……



「日和ちゃんは夜、どんな生活をしてるんだ?」


「だから許可して――っ!? よ、夜の生活!?」



 日和ちゃんは何を勘違いしたのか、自らの髪色に迫る勢いで赤くなる。

 夜の生活で何を照れることがあるのだろうか?

 やはり怪しい……





 ◇





 あの夜以降、俺は文字通り月を見るたび彼女のことを思い出している。


 見慣れぬセーラー服に身を包んだ、華奢な体躯の少女。

 月を背に現れた彼女は、高らかに笑いながら男達を次々に血祭りにあげていった。


 飛び散る血しぶきと、乱れ舞う髪に染められた紅い月――

 あの美しき光景を、俺は一生忘れないだろう。



「……いい加減にして」



 路地裏を少し進んだところで、日和ちゃんが振り返る。

 どうやら、この不毛な鬼ごっこも終わりらしい。



「日和ちゃんが素直に夜の生活について教えてくれれば、こんな真似はしなかったぜ?」


「この、変態ストーカー野郎が……!」



 日和ちゃんの目が血走っている。

 ここ数日は俺が尾行していたため、満足に食事・・ができなかったのだろう。

 とうとう限界がきたというワケだ。



「そう言わないでくれよ。俺はただ、日和ちゃんにこれ以上体に悪い食事・・・・・・をさせたくなかったんだ」


「っ!? ……貴様、やはり私のことを」


「髪型が変わっていたから少し自信なかったが、当然覚えているさ。「月を見るたび思い出しなさい」と言ったのは日和ちゃんだろ?」


「グハァッ!」



 日和ちゃんが急に胸を押さえて膝をつく。

 いよいよ血の衝動が抑えられなくなってきたか?



「今すぐ、その記憶を消せ……!」


「それは無理な話だな。なんせ頭にじゃなく、目に焼き付いちまってる」



 半吸血鬼ダンピールは世に存在を認められてはいるが、まれに人を襲う個体もいるため差別を受けやすい。

 日和ちゃんの場合は、悪人相手とはいえ実際に人を襲っているので、流石に正体は隠しておきたいのだろう。

 その割に「思い出せ」というのは矛盾していると思うが……



「……ならば、その目を抉り出してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっっ!」


「っ!?」



 日和ちゃんが目を赤く輝かせ、凄まじいスピードで突っ込んでくる。

 泣いているようにも見えるので、もしかしたら血が暴走しているのかもしれない。

 早く止めねば、大変なことになりかねない……!


 繰り出される鮮血の爪撃を紙一重で躱しつつ、隙を伺う。

 暴走しているように見えたが、知性は残っているようで攻撃は洗練されており、正確に急所を狙ってくる。

 それが逆に見切りを容易にしているが、その分防御もしっかりとしているため、こちらの的も絞らせない。



「死ねぇぇぇぇ!」


「おっと!」



 しかし、それでもやはり本当に殺す気なのかと思うくらい殺意が凄い。

 流石は半吸血鬼といったところか……、だが!



「っな!?」



 日和ちゃんが踏み込んだ瞬間を見切り、突き手をさらに加速させるよう引っ張ることで体勢を崩す。

 そのまま捻って地面に転がそうとするが、寸でのところで日和ちゃんは自ら前に跳躍することでそれを回避し、そのままの勢いで俺のグリップからも逃れる。



「流石だな。ただ、そんなに感情を昂らせた攻撃じゃ今みたいに足元をすくわれるぞ?」


「……そうね。じゃあ、遊びは終わりよ」



 攻撃を捌かれたことで少し冷静さを取り戻したのか、声色が一段低くなった。

 同時に、赤いモヤが辺りを漂い始める。



血炎けつえん……、か。まさか、こんなモノまで見られるとはな)



 血炎は、半吸血鬼が対吸血鬼ヴァンパイア戦で使用する奥義のような存在である。

 詳細は不明だが混血ゆえに使用可能となる能力で、その効果は血液機能の著しい低下らしい。

 血を操る吸血鬼に効果的とされるが、血液の通っている生物全般にも当然影響は大きい。

 普通の人間であれば、触れるだけで貧血のような状態に陥る。

 そう、普通の人間であれば――



「な、何故……、立って、いられる……!?」


「廃業して久しいが、俺の家――八咫家はかつて降魔ごうま生業なりわいとした一族だ。……八尺瓊家と同じ、な」



 八咫家も八尺瓊家も、大昔は降魔――魔を討つ一族だった。

 しかし時代は変わり、魔を討つ必要性が薄れたことで八咫家は廃業し、その技術を封じてしまった。

 対して八尺瓊家は魔の血と交わることで魔を制する道を選んだが、時代の流れには逆らえず宗家以外は違う道を進むこととなった。


 恐らく日和ちゃんは分家の末裔で、宗家のように正当な歴史を引き継いでいないのだろう。

 だからこそ、日和ちゃんは八咫という姓を聞いてもピンとこなかったんだと思う。


 八咫家の宗家筋にあたる俺だって、知ったのはつい最近のことだ。

 師匠から八尺瓊の名を聞かなければ、恐らく今も知らないままだっただろう。


 ……つまり、俺が日和ちゃんに興味を持ったのは、別に八尺瓊家だからという理由ではないということでもある。



「八咫家の血には魔を封じる効果があるらしい。だから、この血炎は日和ちゃんの首を絞めただけだったな」



 血炎は、同じく血を操る半吸血鬼――つまり自身にも効果が発生する。

 自身への影響を抑え込むには熟練の技術が必要らしく、通常であれば数十年生きた半吸血鬼でなければ扱えない奥義なのだそうだ。

 そんな奥義を扱える日和ちゃんは間違いなく戦いの才能があるのだろうが、影響を完全に抑え込むほどの精度はまだない――ということなのだろう。


 俺は今にも倒れそうな日和ちゃんに歩み寄り、抱き寄せることで体を支える。



「~~~~~っ!? な、何を!?」


「日和ちゃん、俺は君のことが好きだ」


「っ!? は、はァァァァァァっっっ!?」



 あの夜、俺は日和ちゃんに一目惚れした。

 彼女が半吸血鬼であることはその戦いぶりを見ればすぐわかったので、彼女に近づくために、まず八咫流を調べることにした。


 残念ながら宗家における八咫流の技術は完全に衰退していたが、分家には未だに技術を継承している存在がいることを知る。

 それが師匠――、八咫 仙姫やたせんきだ。



「月を見るたび、あの夜の君を思い出す。本当に、美しかった……」


「ま、待て! アレは、違う……の! あの頃の私はちょっとアレっていうか、ちゅ、中二病だったの! だからアレを美しいとか言われても――」


「関係ないな。何故ならば、こうして再会した今も、俺は君のことを色褪せなく美しいと感じている」


「そ、それって、私的にはむしろショックなんですけどぉ!?」



 日和ちゃんは照れているのか、ジタバタと暴れて抱擁から逃れようとする。

 血炎を解除したことで力も戻ってきているようで、油断すると放してしまいそうだ。

 ……でも、逃がすつもりはない。



「んんっ!? ~~~~~~~っ!?」



 藻掻く日和ちゃんをより強く抱きしめ、無理やり唇を奪う。

 そして同時に、舌を噛みしめて流した血液を日和ちゃんの口内に流し込む。


 半吸血鬼は吸血鬼と同様に吸血衝動があるが、純粋な吸血鬼と違い完全に血を吸収できないため、鉄過剰による人間と同じような弊害が発生してしまうのだそうだ。

 体に害があるのに接種することからコアラなどと揶揄やゆされることもあるが、吸血衝動は先天的な依存症のようなものなので本質的には異なる。


 現代では半吸血鬼向けの調整血液も市販されているが、血液自体の需要が高いために値段も相応に高く、常備している家庭は稀だ。

 しかも市販品は吸血衝動自体が抑えられるワケではないので、自制心の足りない者は結局人を襲うこともある。

 これだけ聞くと半吸血鬼を危険視したくなるのも理解できるし、実際それが原因で差別する者もいるのだが、人間にだって自制心が足らず人を襲う者は少なからずいるので、最近ではそういった差別主義者は少数派に分類されていた。



「ふぇ……、き、きしゃま、らりを、ろまへら……」


「言っただろ? 八咫家の血には魔を封じる効果がある。それはつまり、魔の影響である吸血衝動も抑える効果があるということだ」


「っ!?」



 それに加え、半吸血鬼にとっては非常に美味らしく、市場には流通しないエリクサーのような扱いなのだそうだ。

 師匠曰く、この情報は業界でもトップシークレットらしいが――知ったことではない。

 俺は愛する者のためであれば、いくらでも血を流す覚悟だ。



「そんなワケで、今後は俺の血だけを飲んでくれ。末永く宜しくな、日和ちゃん」


「ことわりゅーーーーーーーーーっっっ!」



 恥ずかしがって素直になれない日和ちゃんも可愛い。

 これから毎日が楽しみだな!


 クックックッ……、ハッハッハッ……、ハーッハッハッハ!!




 ~おしまい~






――――――――――――――――――――――

八咫君は束縛系の肉食男子ですが、愛情は深いのでなんだかんだ良い関係を築いたようです(多分)。


>プロフィール

名前:八咫 弓弦やたゆずる

格闘スタイル:八咫流古流柔術

身長:178cm

体重:72kg

趣味:修行

大切なもの:日和ちゃん、師匠

好きな食べ物:日和ちゃん

嫌いなもの:暴力

得意スポーツ:全部



名前:八尺瓊 日和やさかにひより

格闘スタイル:本能

身長:158cm

体重:53kg

趣味:V系バンド巡り

大切なもの:眼帯、眼鏡、各バンドのシャツ

好きな食べ物:肉

嫌いなもの:勉強、親

得意スポーツ:なし

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「月を見るたび思い出しなさい!」とキメ顔で言って去ったあの娘を見つけ出し、俺は…… 九傷 @Konokizu2

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